[塾生]小山内隆
- コメント(3)
- 2010年3月11日
こみあげる、無念さと怒り
もう詳細は覚えていない。ただ声高に吠える塾長の姿だけが記憶にある。顔はわずか紅潮しているようにも見え、口調におどけた様子はみじんも無かった。
「なぜ日本では、こうもスポーツが軽視されるのか」
数日前、日中のテレビ画面にはスポーツ予算に関して意見を述べる事業仕分け人がいた。塾長の言葉は、彼女の発言を受けてのものだと容易に想像がついた。
仕分け人が目を通した事業は多岐にわたる。時間的にも判断すべき事業の数からも、ひとつひとつに思い入れを込めてなどいられない。むしろ思い入れてしまっては仕分け本来の意味を欠く。この社会は経済、教育、農業、防衛、科学はじめ多くの事柄が絡み合い成立しているのだ。スポーツ予算も、他の予算と同様に機械のごとく、要か不要かだけを軸に判断をしていった、と思いたい。
逆説的にいえば、予算には限りがある。だから仕分けがあった。予算の用途をより効果的にするためだ。より効果的にしたいから、機械のように淡々と判断をくだしていった。そうして1月に決定された2010年度の予算案によれば、要求より微減の約25億8,800万円がJOCへの国庫補助金としてあてがわれた。
仕分けの評価では大幅減といわれていたのに、微減で良かったという声が聞こえてきそうだが、はたしてそうか。
北京五輪の年間強化費を見ると、日本は27億円を拠出した。対して韓国は106億円である。その差は4倍近く。しかし国家予算を見れば日本が圧倒的に上だ。2008年度の場合、日本は一般会計だけで83兆円にのぼるが、韓国は全体でおよそ32兆円と差は2.6倍となる。
予算は2.6倍なのに、スポーツへ割り当てられる額は1/4でしかない。自然と疑問が浮かぶ。当時とそう変わらない2010年度の予算額は、本当により高い効果を見越しての数字だったのだろうか、と。
日本はもっと社会保障へ予算を割くべきだから。83兆のうち30%強が公債だから。正当性のある理由はいくつもあがるに違いない。だが、韓国の方がより強くスポーツの必要性を感じているという意見もまた、正論だ。
スポーツを必要とするとはどういうことか。そう考え、思い浮かんだのが高橋大輔だ。
先日のバンクーバー五輪で高橋大輔は4回転に挑んだ。4回転を飛ばずとも優勝は可能という声もあるなか、迷わず飛んだ。着氷はできなかった。それでも演じ終えた顔に浮かんだのは、後悔の念など感じさせない笑みだった。
この瞬間、生まれてきたのは唯一敬意だけだった。なぜなら、4分半の演技を見終えて、改めて当たり前のことに気がついたからである。
彼もまた、同じひとりの人間であるということに。
同じ人間でも、できる人とできない人がいる、ということに。
はたして僕は、彼が過ごしてきた境遇を前にした時、同じようにフィギュアへ取り組めたのだろうか。もちろんそんな疑問は愚の骨頂だ。答えは明快、できない、である。
敬意が生まれたのはこの点にこそ理由がある。
一方の高橋大輔は、文字通り心も身体もフィギュアに注ぐことができる人だったのだから。
人生そのものを費やして、ひとつの形を完成させる。
その姿は、誰もがなし得るものではないからこそ、尊い。
さらに高橋大輔は、自分の人生にはフィギュアがなくてはならないと自覚した人だった。
技術レベルこそ違え、スポーツを生きる糧とする人は日本全国に存在する。
この2点だけでも日本にスポーツは必要だ。
当たり前?
そんなことはない。当然ではないから塾長は吠えたのだ。
「スポーツの染みた人が、政治や経済にもっと通じるべきだ」
体験的にスポーツの価値が染み込む人生を送ってこなかったであろう仕分け人の言葉に、無念さと、怒りを覚えていたのである。
(小山内隆=文)
タグ: スポーツ予算削減に物申す! —
コメント(3)
- 神戸でスポーツ2010年3月11日 11:38 PM
全くその通りだと思います。
だから、、、(苦笑
- やま2010年3月13日 12:42 PM
読ませていただきましたが、正直、高橋選手を引き合いに出したことで、論点がさっぱりわからなくなってしまった印象です。
高橋選手は四回転ジャンプに挑み、失敗した。その瞬間、後悔はなかった。それで、スポーツ予算を増額しろ。そりゃ無理でしょう。
韓国のキムヨナさんは、金メダルを取るための演技をした。国家の威信、税金の重みがかかっているから。予算を貰うとはそういうことでしょう。自分が満足すればそれでいいということにはならない。
韓国はスポーツを必要としているのか、勝利を必要としているのかはわかりません。ただ、韓国国内のプロ野球、サッカーを見れば、日常にスポーツを必要としているとはとても思えませんが。
何年か前の高校サッカーを見ていたときに、活躍して就職口をみつけたいと言っていた選手がいました。かなり感動物でしたよ。どこかの高野連が聞いたら、承知しないでしょう。彼らは就職活動を青春だとは思っていないようなので。
日本のマスコミ的な文化は、清貧が大好きですから。それをぶっこわすのが新しいスポーツライターの役割だと思うのですが。でも、今回の塾生さんは、どうも大手に就職したい的な感覚しか見えてきません。体制におもねる的な。もうスポーツ新聞なんかに未来はないでしょ。新しい物を作ることを、予算なんかじゃなくて、日本のスポーツマスコミを根底から覆すような仕事を期待しております。
同じ人間でも出来る人と出来ない人がいるのでしょう。出来た人は、出来なかった人に何かを与えなくてはいけない責任も、きっとあると思うので。
- かずさのすけ2010年3月22日 5:43 PM
日本におけるスポーツの地位の低さは、私も確かにあの事業仕分けで感じましたし、残念に思います。
しかし、日本の27億と韓国の108億、その内訳を語ることなく、単純に比べていいものでしょうか?正直言いますと内訳に関しては私も無知なのでなんともいえませんが、競技施設の整備などはいわゆる公共事業の予算として国交省あたりが相当の予算を組んでいるような気がするのですが・・・・
そして、「スポーツの染みた人がもっと政治、経済に通じるべきだ」という主張に関しては、ハナから現状での行政との連携を軽視した―仕分け人たちをスポーツファンの立場から嘲笑した―感情的な主張に思えてならないのです。
スポーツを愛する私自身はスポーツは既に生きる糧として欠かせないものですが、そうでない日本人もまた多いのは事実です。そういった人達を振り向かせるためには、もっと客観的で複合的な主張が必要だと思います。
それに、スポーツの染みた人間の組織である日本サッカー協会などは体質的に「身内に甘い」との指摘をされています。果たしてスポーツの染みた人間が政治、経済の分野から支援するとして、それが必ずしもプラスに作用するだけとは考えにくいのです。「餅は餅屋」という考え方もありますし。その辺はメジャーリーグサッカーなんかの例も鑑みるべきかと個人的には思います。
「スポーツの魅力を伝える」のがスポーツライターかもしれませんが、スポーツが娯楽として定着したとは言いがたい日本のスポーツライターは、競技や人間ドラマだけでなく、もう少し広い視野で語ってくれる人いたらいいのに。
「スポーツに染まった人が政治、経済に通じるべき」。あなた自身はどうでしょうか?
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[塾生]小山内隆- takashi_osanai
- 1971年生まれ、東京出身。サーフィン誌を軸に活動中。スポーツライターを目指して金子塾へ。最近のテーマは「東京を拠点とするチームにとっての地域密着とは?」です。
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