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[グループA 南アフリカ×メキシコ]アフリカの夢
バファナ・バファナは踊っていた。
歌声を上げながら踊っていた。遥か向こうには、開戦の時を待つ観衆が待っている。それは歌声というよりは、叫び声と言ったほうが正しいかも知れない。どこか粗雑なコンクリートに囲まれた通路で、入場の時を待つ南アフリカ代表は踊り続けていた。
南アフリカが入ったグループAは、同国、メキシコ、ウルグアイ、フランスで構成されている。日本ではよくこういった場合、南アフリカは「挑戦者の立場、失うものはない。思い切り戦ってほしい」という言い方をされがちだが、W杯の開催国であることを考えると、この試合を落としたことによる失うものは計り知れない。
過去決勝トーナメントに進めなかった開催国はない。よく知られた話である。しかし何より重要なのは、このW杯は初のアフリカ開催ということだ。バファナ・バファナは南アフリカの人々ならず、アフリカ全土の注目を一身に浴びて戦うことになる。
試合前のバファナ・バファナのダンスは、初のアフリカ開催のW杯で、アフリカの夢を背負って戦えることによる喜び、高揚感を隠しきれないことによるもの―ではなかった。この試合を落とした場合、その先にはウルグアイ、フランスが待ち受けている。歴戦の猛者の集合体、明らかに各上である。決勝トーナメントに進む可能性は限りなく低くなる。決勝トーナメントに進めなかった場合に南アフリカ国民、アフリカに与えることになる落胆、失望はどれ程のものになるのか。
だから、南アフリカ代表は踊っていた。恐怖に突き動かされて。南アフリカ代表は歌っていた。全身を支配しようとする恐怖をその歌声に乗せて宙へ追い払おうとするかのように。
前半、メキシコはアギラール、ベラ、ドス・サントスが流れるようにポジション・チェンジを繰り返しながら南アフリカゴールを脅かし続ける。南アフリカゴールキーパーのクーンのセーブ、ディフェンス陣の踏ん張りでことなきを得たが、相手の攻撃を受ける度にどういった感情が喉元をせり上がり、どういった感覚が全身を支配したかは想像に難くない。
だから、後半、先制したとき、バファナ・バファナは空を覆い尽くす暗黒の雲間に微かな青空を覗いたような気持ちだったに違いない。希望という名の微かな青空を垣間見たに違いない。シャバララは渾身の一撃を放った。クーンは渾身のガッツポーズを繰り返した。ブブゼラがけたたましく鳴り響くスタンドは大きな感動で包まれた。
だが、試合はまだ終わっていない。相手はメキシコである。老練、老獪なメキシコなのである。新星エルナンデス、老兵ブランコを投入し、南アフリカに襲いかかる。メキシコとて先にウルグアイ、フランスが待ち受けているのは同じ。熟練の味を醸し出すブランコを中心に攻め立てる。そして―マルケスの同点弾が生まれた。生まれてしまった。
だから、ドローで終わってしまったとき、クーンは頭を抱え崩れ落ちた。シャバララは落涙寸前だった。
次は、16日、プレトリア、ウルグアイとの死闘が待ち受ける。世紀の一戦となる。
(本田千尋=文)
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