[スポーツライター] 金子 達仁
【スポーツニッポン】対岸の火事ではない北朝鮮の惨劇
信念は岩をも穿(うが)つことがある。ブラジル戦での北朝鮮を見てそう思った。ローマやミラノの空港に“腐ったトマト発射装置”を準備させたであろうニュージーランドの戦いからも同じことを思った。
だが、当然のことながら、信念が常に岩を穿つわけではない。常に岩を穿つためには、力がいる。道具がいる。知恵もいる。たいていの場合、力は、道具は、知恵は、信念をあっさりとはね返す。
ブラジルを苦しめた北朝鮮の信念は、ポルトガルを相手にしても揺らいではいなかった。むしろ、より堅固なものになっていた。ただ、雨で濡れたピッチは、歴然と存在していた両チームの技術レベルの差を、強烈に際立たせる結果となった。ワンタッチで急所を衝(つ)くことができたポルトガルと、コントロールに四苦八苦した北朝鮮。パススピードの速さもまるで違っていた。もはや、信念で埋めることのできる差ではなかった。
対岸の火事ではない。
カメルーンに対する日本の勝利は、技術の勝利ではなかった。勝利への執念という、極めて不確かな要素に、普通ではありえない幸運が重なったがゆえに生まれた勝利だった。そこに酔ってしまえば、台風が中国からの侵略者を撃退してくれたのだから、英米を相手にしても神風が吹くはずだと考えたのと同じ愚を犯すことにもなる。
北朝鮮は、明らかにGKのレベルが低かった。番狂わせを起こす上では必要不可欠な守護神の力を欠いていた。最終ラインから中盤にあてるパスの精度も低かった。マークの受け渡しは、哀れなぐらいに稚拙だった。0―7という歴史的な惨敗を、第三者が冷笑するのは簡単である。
だが、当事者が自分たちの弱点を自覚しない限り、問題の解決はない。不運だった、とか、グラウンド状態が違えば、といったエクスキューズや自己憐憫(れんびん)を排除し、残酷な現実に目を向けなければならない。
北朝鮮にそれができるか。日本にも、それができるか。
オランダ戦の健闘によって、早くも日本にはサッカー協会が組んだ今回のW杯キャンペーンすべてを肯定するムードが生まれている。北朝鮮はともかく、少なくとも日本は、先のない道に足を踏み入れつつある。
北朝鮮を襲った惨劇は、日本にも起こりうる惨劇だった。力も、道具も、知恵も、まだ日本は相手を凌駕(りょうが)していない。デンマークに勝とうが負けようが、その事実だけは忘れてはならない。
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[スポーツライター] 金子 達仁- Tatsuhito Kaneko
- 1966年1月26日、神奈川県横浜市生まれ。法政大学社会学部を卒業後、日本スポーツ企画出版社に入社。『スマッシュ』『サッカーダイジェスト』編集部勤務を経て、95年にフリーとなる。著書に「28年目のハーフタイム」「決戦前夜」「敗因と」「泣き虫」などがある。
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