[スポーツライター] 金子 達仁
【スポーツニッポン】使い果たしたオシムの遺産
岡田監督の“冗談”は、いってみれば“最後の一滴”だった。表面張力ギリギリのところであふれずにいたコップに落とされた最後の一滴――。
ここに及んでコップをあふれさせてしまった責任はもちろん重い。だが、より重要なのは、コップをいまにもあふれんばかりの状態にしてしまっていたことではないか。“冗談”ばかりにとらわれていると、そこのところを見失いかねない。
ここ10年間、日本のファン、メディアには信仰にも似た思いがあった。わたし自身もそうだった。だが、揺るぎ始めていた思いは、日韓戦で完全に打ち砕かれた。
海外組への信仰である。
国内組だけで戦い、ふがいない内容で敗れたとする。海外組が帰ってくればなんとかなる、と思う。海外組が帰って来てもふがいない内容だったとする。コンディションがよくなかっただけだと自分を納得させる。実際、4年前も、8年前も、海外でプレーする選手たちは、体調がベストの状態であれば日本の牽(けん)引車として十分な働きを見せてくれた。ゆえに、信仰は生まれたのである。
だが、岡田監督になってから、特に今年になってから、海外組はどんどんと輝きを失っていった。彼らの実力が衰えたのか?違う。ボルフスブルクでの長谷部は、CSKAでの本田は、チームに欠かせない存在として活躍している。さらにいうなら、昨年の今頃は、海外組の選手はもう少し輝いていたようにも思える。
なぜか。
理由はもちろん一つではあるまい。だが、あふれかえったコップを見て暗澹(あんたん)たる気持ちになったわたしは、何とも救いのない結論にたどりつきつつある。
オシムの遺産を、使い果たしたからではないか――。
岡田監督が就任した直後、チームにはオシムが築こうとした方向性が色濃く残っていた。途中、前任者のやり方を否定する旨は明らかにされたものの、選手からすればそれまでやってきたことを簡単に忘れられるはずもない。オシムがついた餅(ルビ)を岡田監督がこねた。そんなところだろうか。
だが、餅を作り続けるには、いうまでもなくつき続ける必要もある。だが、岡田監督はつかなかった。固いままのもち米をいくらこねたところで、餅になるはずもない。結果、海外組が合流してもどうにもならないぐらい、チームの基礎レベルは落ちてしまった――。
今年に入ってから、日本代表はただの一度も満足のいく内容の試合を見せてくれていない。それでも岡田監督で大丈夫だと考える日本サッカー協会の、その根拠をわたしは知りたい。
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[スポーツライター] 金子 達仁- Tatsuhito Kaneko
- 1966年1月26日、神奈川県横浜市生まれ。法政大学社会学部を卒業後、日本スポーツ企画出版社に入社。『スマッシュ』『サッカーダイジェスト』編集部勤務を経て、95年にフリーとなる。著書に「28年目のハーフタイム」「決戦前夜」「敗因と」「泣き虫」などがある。
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