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	<title>スポーツメディア－動楽者（どうらくもん）－ &#187; 日本一決定戦</title>
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	<description>スポーツライタ-を夢見る若者に対し､学べる場および競い合う場を提供すること目的とした金子塾｡その塾生およびプロのスポーツライターのブログを公開するスポーツメディア-動楽者-</description>
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		<title>［2010ナビスコカップ決勝］GUNFIGHT ~受け継がれた遺伝子~</title>
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		<pubDate>Thu, 04 Nov 2010 01:08:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[投稿記事]]></category>
		<category><![CDATA[日本一決定戦]]></category>

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		<description><![CDATA[「ファイナル」。それは勝っても負けてもそこで終わりの戦い。ならば勝とう。勝利以上に称えられるものはないのだから。 文化の日に争われた一戦。磐田は７年ぶりのタイトル、広島はJ創設後の初戴冠を懸けて国立のピッチ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
 「ファイナル」。それは勝っても負けてもそこで終わりの戦い。ならば勝とう。勝利以上に称えられるものはないのだから。<br />
 文化の日に争われた一戦。磐田は７年ぶりのタイトル、広島はJ創設後の初戴冠を懸けて国立のピッチに立った。スタンドには両チームのサポーターが大挙して駆けつけ、リーグ戦中位同士のファイナルを盛り上げる。先発は磐田が川口能活、山本康裕、古賀正紘、イ・ガンジン、山本脩斗、那須大亮、上田康太、船谷圭佑、西紀寛、前田遼一、ジウシーニョで４－４－２。広島は西川周作、森脇良太、中島浩司、槙野智章、ミキッチ、森崎浩司、森崎和幸、山岸智、高萩洋次郎、高柳一誠、李忠成となる３－４－２－１の布陣でキックオフされた。広島のボランチの一角が青山敏弘ではなく森崎浩であった他に大きな変更はなく、両チームともに「いつも通り」の戦い方をするという意思が感じられた。<br />
 試合後の会見で磐田・柳下監督が「３０分までは見に来てくれた人に申し訳ない試合をしていたかもしれない」と語ったように、蓋を開けてみると試合は大きな見せ場もなく３０分を経過した。しかし３６分、流れたボールを前田が拾ってファーサイドへセンタリング、そこにフリーで走り込んできた船谷が頭で決め、どちらかと言えば攻められていた磐田が先制する。この動きの起点が船谷であったため、船谷と前田の大きなワンツーともいえるゴールだった。<br />
 先制を許した広島は、ボールポゼッションは高いものの、磐田の組織的な守備に決定的な場面を作れない。そんな中、ミキッチが右サイドでボールを受ける。クロアチア人のMFは鋭いドリブルと創造性で磐田DF陣を翻弄、PA侵入と同時にニアへクロス。そのボールに現在絶好調の李が軸足で合わせて同点ゴールを挙げる。個が組織を崩す展開で広島が追いつき前半が終了した。<br />
　後半開始とともに広島は高柳に代えて山崎雅人を投入した。磐田も前半ロスタイムに負傷したイ・ガンジンが後半開始直後に交代しようとした刹那、李を狙った森崎和のロングフィードの流れた先に山岸が抜け出す。スピードに乗ったままPA内に侵入、角度のないゴール左から川口の股間をぶち抜いた。ジェフ千葉時代にナビスコ連覇を経験した男が挙げた逆転弾。紫に染まったゴール裏の広島サポーターに駆け寄り、喜びを分かち合った。<br />
　残り４３分、ここから両者の「いつも通り」が変化していく。広島のパス回しにそれまで無理してプレスに行っていなかった磐田の選手達が徐々に前線からの追いこみを強める。前からの激しいプレスこそ黄金時代から共通するジュビロの真骨頂。磐田が「いつも通り」をピッチ上で示し出すと、広島のそれである「攻撃サッカー」は勢いを弱めた。磐田が６０分に投入した菅沼実の積極的な仕掛けに、森脇はオーバーラップを抑止された。更に磐田はジウシーニョを下げ、FWの山崎亮平を送り込み、ピッチ上とベンチが一体となった攻撃的な姿勢で広島ゴールに襲いかかる。また、守備に回る時間が増えたミキッチの疲労の色が濃く、ペドロヴィッチ監督は最後のカードを使うことを余儀なくされ、ミキッチに代えてDFの横竹翔を送りだした。広島の「守り切る」という意識が確定する交代でもあっただろう。<br />
　それでも広島は初タイトルへの思いから磐田のアタックを耐え凌いでいく。迎えた８９分、磐田に与えられたCK。キッカーの上田が入れたボールを那須が打点の高いヘディング、GK西川が弾いた所に前田。残り１分、広島は掴みかけていた勝利をまさかのところで取りこぼしてしまう。悲鳴と歓声が入り混じる国立競技場で見せた前田のゴールへの嗅覚は、エースの名に恥じないものだった。磐田がリーグ戦から中３日、広島は中２日という厳しい日程に加えて延長戦という展開、両チームの選手達は限界を越えての戦いを強いられることになる。<br />
　延長前半３分、ニューヒーロー賞・高萩が左足を一閃、ボールはクロスバーを叩き悔しさを滲ませる。同８分には磐田が広島ゴール前でFKのチャンス、上田が絶妙なコースに蹴るがこれを西川がスーパーセーブ。両者の誇りが疲労困憊の体を突き動かす。迎えた延長前半１１分、それまでスピードに乗った仕掛けを見せていた菅沼がゴール前で勝負強さを発揮する。左からのCK、上田の蹴ったボールにまたしても那須が頭ですらした先に菅沼が左足で合わせた。そして、磐田サポーターのボルテージが最高潮に達する中、間髪入れずこれまた途中出場の山崎亮平が追加点を挙げる。磐田が久方ぶりの王座の椅子へ。<br />
　そうは問屋が卸さない。エンターテイナー・槙野智章はそう思っていたのではないか。延長前半ロスタイム、自身が得た距離のあるFKをねじ込んだ。諦めかけていた仲間とサポーターを鼓舞する一撃にある種の感動を覚えた。延長後半に入ると広島の動きに活気が戻り、より見応えある攻防が展開する。その死闘に、広島に引導を渡したのは前田だった。芸術的な胸トラップでDFをかわし、ゴールネットを揺らした。普段の試合であまり笑顔を見せない男が浮かべた会心の笑み。それほど前田にとっても、チームにとっても大きな得点だった。<br />
　ロスタイムに再び槙野がPKを得て場内を沸かせるが、これは名手・川口が見事にストップ。こぼれ球がピッチの外に出た瞬間、主審の笛が鳴り響き、両チーム合わせて８得点のナビスコカップ史上最も壮絶な銃撃戦は終わった。磐田サポーターが歓喜の歌を轟かせ、選手達はロイヤルボックスでトロフィーを掲げる。黄金期に見られた光景が７年、ナビスコカップに限っては１２年の時を経て戻ってきた。前田というストライカーを擁し、諦めない強さを取り戻した磐田の復活への歴史が確かに始まった。<br />
<br />
（鈴木友多＝文）</p>
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		<title>［2010ナビスコカップ決勝］前田遼一の成熟</title>
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		<pubDate>Thu, 04 Nov 2010 01:06:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[投稿記事]]></category>
		<category><![CDATA[日本一決定戦]]></category>

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		<description><![CDATA[国立競技場がサックスブルーの歓喜に包まれた。ナビスコ杯決勝は延長戦の末、５-３でジュビロ磐田がサンフレッチェ広島を下し、２００３年の天皇杯以来７年ぶりのタイトルを獲得した。磐田を優勝に導く２ゴールを挙げた]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
 国立競技場がサックスブルーの歓喜に包まれた。ナビスコ杯決勝は延長戦の末、５-３でジュビロ磐田がサンフレッチェ広島を下し、２００３年の天皇杯以来７年ぶりのタイトルを獲得した。磐田を優勝に導く２ゴールを挙げたのは、もちろん前田遼一だ。<br />
　前田遼一と言えば今や日本を代表するストライカーだ。１８３cmという体躯でありながら足下のテクニックも一級品。巧みなボールタッチで相手のマークを少しでも外せば、どんなに小さな隙間であってもこの男にとってはゴールへの確かな道筋となる。<br />
　チームにゴールを、そしてタイトルをもたらすまでになった前田だが、そのキャリアは決して順風満帆ではなかった。入団当初、磐田は黄金時代を謳歌している最中であり、スタメンでの出場は難しかった。怪我もあった。エースとしてチームを背負うようになってからはコンスタントに二桁ゴールを記録するも、チームの成績が上向かず、歯がゆい思いもした。<br />
　アテネ五輪を目指す代表チームでは、ＦＷではなく攻撃的ＭＦとしての起用が多かった。しかし、松井大輔や山瀬功治との争いに敗れると、そのボールコントロールの技術や視野の広さを買われて一時はボランチへコンバートされたこともあった。<br />
　ストライカーとしてのプライドが傷つけられたに違いない。<br />
　それでも、腐らなかった。<br />
　それは自らの力に確かな自信があったからではないか。そしてチームの危機的状況が、前田というストライカーを更に成熟させた。<br />
　０８年冬、チームはＪ２ベガルタ仙台との入れ替え戦を戦っていた。黄金時代を知る前田にとって期するものがあったはずだ。<br />
　０９年、遂に前田は誰もが認めるストライカーとなる。２０ゴールを挙げ、得点王になったのだ。磐田からは中山雅史、高原直泰に次ぐ３人目の快挙だ。<br />
　黄金期が終わり、タイトルからも見放され、世代交代も遅れた。Ｊ２降格寸前まで追い込まれるなど、かつてＪリーグ史上最強と呼ばれるチームを作り上げた面影はすっかりなくなっていた。だが、前田は当時の栄光を知る数少ないメンバーの一人だ。今回のナビスコ杯優勝でチーム力が劇的に上がるわけではない。それは大分トリニータ、ジェフ千葉のＪ２降格、ＦＣ東京の低迷からもわかる。しかし、今の磐田には勝つことが大事だった。一度勝利の味を知れば、またそれを追い求めたくなる。タイトルを獲得する喜びを知ったことで、磐田は黄金時代復活に向けて新しいスタートを切るだろう。<br />
　そんなチームの先頭には紆余曲折を経て日本最高のストライカーになった前田遼一がいる。<br />
<br />
（青木務＝文）</p>
]]></content:encoded>
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		<title>［2010ナビスコカップ決勝］ミキッチという風</title>
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		<pubDate>Thu, 04 Nov 2010 00:37:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[[塾生]滝沢康英]]></category>
		<category><![CDATA[日本一決定戦]]></category>

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		<description><![CDATA[　勝負のあやは後半33分にあった。 　サンフレッチェ広島が３人目のカードを切ったときだ。右MFのミキッチを下げて、守備的な横竹をピッチに送り出した。 　ミキッチは前半からと右サイドのライン状に張り出し、常にフリーの]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
　勝負のあやは後半33分にあった。<br />
　サンフレッチェ広島が３人目のカードを切ったときだ。右MFのミキッチを下げて、守備的な横竹をピッチに送り出した。<br />
　ミキッチは前半からと右サイドのライン状に張り出し、常にフリーの状態でジュビロ磐田の左サイドを狙っていた。パスを受けると力強い推進力を見せ、対面するDFの山本脩斗だけでなく、ボランチも引っ張り出し、中央にスペースを作り出す。空いたところに味方の選手が走り込み、厚みのある攻撃を演出していた。<br />
　先制点を決められた７分後、サンフレッチェの同点ゴールはミキッチからだった。右サイドで２人のディフェンスを振り切りクロスを上げ、李がバランスを崩しながらしぶとく押し込んだ。<br />
<br />
　風はサンフレッチェに吹いていた。<br />
<br />
　後半も開始早々からボールを支配し、３分に山岸が抜け出すと、川口の股間を通してあっさりと勝ち越しに成功する。<br />
　攻めに出なくてはならないジュビロは15分、船谷に変えて左MFの位置により攻撃的な菅沼を投入する。菅沼が入ることでミキッチをある程度押し下げることはできたが、それでも彼を警戒するあまり、菅沼の動きは制約されてしまう。<br />
<br />
　ところが勝利がチラついてきた後半33分、サンフレッチェベンチは守備固めにミキッチを横竹に変える。<br />
　するとミキッチから解放された菅沼が躍動しだし、左サイドだけでなく中央にも切り込んでいく。連動するようにジュビロの右サイドでも西や山本康裕がどんどん前へ出て、チャンスを作り出していった。パスワークで圧倒していたサンフレッチェが守備に奔走するだけになる。<br />
　後半44分、CKを獲得したジュビロは那須のヘディングシュートのこぼれ球に前田が反応して、ついに同点に追いつく。<br />
<br />
　サンフレッチェから勝利がこぼれ落ちた。<br />
<br />
　延長戦は運動量でタフさを見せるジュビロが完全に支配した。12分に得たCKを那須がバックヘッドでそらし、菅沼が左足で合わせて逆転。その後も途中出場の山崎、前田が得点を重ね、終わってみれば５－３という撃ち合いをジュビロが制した。<br />
<br />
　サンフレッチェに風を吹かせていたのはミキッチだった。このクロアチア人の交代で、局面は大きく変化した。ジュビロにとってこの日最も危険だったのは彼のポジショニングだった。しかしサンフレッチェは自ら風を止め、無風となって勢いを失った。<br />
<br />
　ジュビロは12年ぶりにナビスコカップを制し、サンフレッチェはまたしても初タイトルを逃した。<br />
<br />
（滝沢康英＝文）</p>
]]></content:encoded>
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		<title>[全国ミニバスケットボール大会]ミニマムボーイズの冒険</title>
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		<pubDate>Mon, 12 Apr 2010 01:15:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[スポーツライター登龍門 present by 「朝日日刊インサイト」]]></category>
		<category><![CDATA[日本一決定戦]]></category>

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		<description><![CDATA[　小学生とはいえ身長が高ければ有利に違いない。長野には182㎝、長崎には177㎝、大分にも177㎝の選手がいた。そこまでの大物は稀だが、どのチームにも160㎝台の選手は必ずいる。 　しかし、福島県男子代表の会津美里ミニバ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
　小学生とはいえ身長が高ければ有利に違いない。長野には182㎝、長崎には177㎝、大分にも177㎝の選手がいた。そこまでの大物は稀だが、どのチームにも160㎝台の選手は必ずいる。<br />
　しかし、福島県男子代表の会津美里ミニバスケットボールスポーツ少年団には160㎝を超える選手がいない。一番高くて157㎝。平均身長は147㎝だ。それでも&#8221;ミニマムボーイズ&#8221;は全国大会へとやってきた。<br />
「うちは小さい子の集まりなので普通に戦っても勝てないんです」<br />
チームを率いる佐藤仁コーチは言う。<br />
「正確な技術、スピード、ディフェンス力が重要です。そのためにミドルシュートをものすごく練習しましたし、何より走り込みを大切にしました」<br />
<br />
　佐藤コーチに鍛えられた選手たちは１試合目から躍動した。遠目からのシュートがどんどん決まり、ボールを奪ってからのカウンターも冴えた。71－38で大勝。続く２試合目も55－29で勝利し、２連勝で準決勝へと進んだ。<br />
<br />
　対戦相手は同じ&#8221;ミサト&#8221;の名を持つ高知の三里MBC。パワーが持ち味のチームだ。<br />
「向こうは小さいけど激しく守備するチーム。個人でボールを持ちすぎるな。リバウンド勝負ならうちが有利だから狙っていけ」<br />
　三里の竹島コーチはミーディングで選手たちにそう指示した。<br />
<br />
　試合は序盤から会津美里のミドルシュートがことごとくリングに嫌われた。160㎝台の選手を４人揃える三里にルーズボールを拾われ、苦しい展開となる。前半は19－25とリードを許した。<br />
「急ぎすぎてシュートミスが目立つぞ。慌てるな。守備は全員でもっと厳しく！」<br />
　佐藤コーチはつまり基本に立ち返ることを求めた。<br />
　後半に入ると、三里のプレッシャーがさらにきつくなった。会津美里のミドルは不安定なままだ。インサイドシュートは上から潰される。点差はいつの間にか12点にまで開いていた。だが、三里のスタミナも落ち始めていた。<br />
<br />
　相手のプレスが甘くなり余裕が生まれると、５番遠藤君のミドルが決まりだした。４番小林君のロングシュートはきれいな弧を描いてゴールへ吸い込まれる。<br />
<br />
　走り込みを大切にしてきた&#8221;ミニマムボーイズ&#8221;のバスケはここからが真骨頂だった。<br />
<br />
　三里のパスを６番長峰君が鋭い出足でカットし、シュートまで持ち込む。遠藤君のミドルはますます命中率が上がっていく。<br />
　だが三里はここから意地を見せ、突き放す。会津美里はまた追いかける。一時は１ゴール差まで詰め寄ったが、結局３点差の44－47で敗れた。<br />
<br />
「君たちはすごいことをしたんだぞ。全国の小学生の中で一番最後の日までバスケットができたんだ。胸を張って帰ろうじゃないか」<br />
　最後の反省会で、佐藤コーチはすすり泣く子供たちに向かって精一杯の言葉をかけた。<br />
<br />
　背が低くとも通用するということを証明した会津美里。彼らの戦いぶりは大会に爽やかな風を運んでくれた。<br />
<br />
●滝沢康英<br />
１９７２年９月２１日生まれ。ファッション誌のライターをするかたわら、スポーツ分野の書き手として勉強中。<br />
</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>[全国ミニバスケットボール大会]それぞれの思い</title>
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		<pubDate>Mon, 12 Apr 2010 01:13:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[スポーツライター登龍門 present by 「朝日日刊インサイト」]]></category>
		<category><![CDATA[日本一決定戦]]></category>

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		<description><![CDATA[大会1日目、Dコート第2試合。歴史を新たに刻みゆくチーム、そして歴史に幕を下ろすチーム。そんな対照的なチームが、それぞれの思いを込めて対戦した。 試合は、石川県舘野ミニバスケットボールクラブVS山形県山戸スポーツ少]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
大会1日目、Dコート第2試合。歴史を新たに刻みゆくチーム、そして歴史に幕を下ろすチーム。そんな対照的なチームが、それぞれの思いを込めて対戦した。<br />
<br />
試合は、石川県舘野ミニバスケットボールクラブVS山形県山戸スポーツ少年団。両チームともに設立２５周年で全国大会初出場。両者、悲願の一勝をかけた激しい戦いとなった。試合は終始山戸がリード。しかし、これに離されまいと追い上げる舘野。第４クオータまで緊迫した展開となったが、最後は28-24の僅差で山戸の勝利となった。力を出し切った山戸の子供たちの顔はさわやかだった。<br />
<br />
勝利は悲願だった。最初で最後の全国大会となる山戸にとって、それは特別な思いだった。山形県鶴岡市にあるスポーツ少年団のミニバスチーム。現在の6年生が卒業すると、メンバーは公式戦出場条件である10人に満たなくなる。そんな少子化の影響を受け、今大会を最後にチームは解散となる。これまで数々の実績を残し、名プレーヤーも輩出してきた。現在チームのアシスタントコーチをしている伊藤拓郎も、少年時代このチームで育った。その後日大山形高校に進み、インターハイでも活躍した。今では子供達のよき兄貴、よき指導者だ。そんな彼の熱き指導も、これで最後となる。<br />
<br />
石川県舘野ミニバスケットクラブの白山コーチ。普段は理容店を営んでいる。貫禄のある、そして頼りがいのある風貌から、職場ではボスと呼ばれ慕われている。そんなボスの大切にしている言葉は「感謝」。そしてチームのスローガンは「最強への挑戦」。最強という言葉に込められた意味は「勝つことが最強ではない。感謝の気持ちを忘れずに、人間として最強たれ」ということ。そんな言葉をいつも子供達にかけている。<br />
<br />
そして初めての大舞台。緊張して力を出し切れず負けてしまい、うなだれている子、泣いている子。そんな子供達にボスがかけた言葉は、相手選手の最後の試合に込めた勝利への思い、そしてバスケットへの思い。舘野の子供たちは、この試合を通じて、バスケットができることへの感謝の思いを学んだ。<br />
<br />
バスケットの聖地代々木体育館は、両チームにとって２５年という歴史の節目の舞台となった。子供達は、そんな舞台での経験を糧として、また新しい歴史を作っていく。チームに興廃あり、されど子供たちのバスケットボールが終わることはない。<br />
<br />
●橋本文成<br />
昭和３６年生まれ。サラリーマン。スポーツを通じて熱き人間ドラマを描くために金子塾に入塾。<br />
</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>[全国ミニバスケットボール大会]バスケッ子たちに明るい未来を</title>
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		<pubDate>Mon, 12 Apr 2010 01:10:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[スポーツライター登龍門 present by 「朝日日刊インサイト」]]></category>
		<category><![CDATA[日本一決定戦]]></category>

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		<description><![CDATA[バスケっ子たちの顔は満足感で溢れていた。 バスケットの聖地・代々木体育館で開催された「全国ミニバスケットボール大会」は大盛 況のうちに３日間の日程を終えた。 男子では、長崎県代表が展開したハイパーオフェンスが]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
バスケっ子たちの顔は満足感で溢れていた。<br />
バスケットの聖地・代々木体育館で開催された「全国ミニバスケットボール大会」は大盛<br />
況のうちに３日間の日程を終えた。<br />
男子では、長崎県代表が展開したハイパーオフェンスが出色で、１８０㎝近いセンターは<br />
身長を武器に制空権を握り、左利きのシューティングガードは異次元のスピードで相手デ<br />
ィフェンスを切り裂いた。<br />
東京都代表の女子が見せた鉄壁の守備は、厳しい練習の賜物であることは想像に難くない。<br />
常に２人で相手を挟み込むディフェンスは、身長の低さを補って余りある緻密さが見てとれた。<br />
その他のチームも小学生らしく溌剌としたプレーでスタンドの大歓声を呼び起こした。ひ<br />
たむきにコートを駆け回り、ボールに食らいつく姿勢には、まさにバスケットボールの原点があった。<br />
一方で深刻な問題点も浮き彫りになった。<br />
黙っていても子供たちの“バスケ人口”が右肩上がりに伸びる時代はとっくに終わってい<br />
ることに気づかない大人たちの甘さだ。<br />
子供たちの大多数は「目標とする選手はいない。将来的にバスケを続けるかは解らない」<br />
と考えているのだ。親たちはさらにシビアだ。<br />
「体を鍛える、団体生活を学ぶという意味ではプラスだが、いくら頑張っても将来が見え<br />
ないから・・・」とバスケを続けさせることに否定的だ。<br />
並立、合併で揉めるトップカテゴリーの現状に加え、野球やサッカーと比べものにならな<br />
いくらい安いサラリー。魅力的な未来が全く見えてこないのだ。子供たちが憧れる国内リ<br />
ーグの整備と目標とされるスーパースターの出現がない限り、バスケットボールに明るい<br />
未来はない。<br />
彼らは、もう「スラムダンク」世代ではないのだ。<br />
<br />
●三浦敬介<br />
１９６５年生まれ。明治大学卒。<br />
現在、某テレビ番組を担当しながら金子塾でスポーツライターに挑戦中。<br />
</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>[第15回全日本フットサル選手権決勝]目論み　プーマカップ2010</title>
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		<pubDate>Fri, 09 Apr 2010 03:15:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[投稿記事]]></category>
		<category><![CDATA[日本一決定戦]]></category>

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		<description><![CDATA[ボラにとって存在感をもう一度知らしめる試合…のはずだった。 アジウ監督のチーム構想。今季から選手登録枠が20人から14人に減少。この2つによって名古屋オーシャンズから戦力外となったボラは、2009シーズン前に湘南ベルマー [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
ボラにとって存在感をもう一度知らしめる試合…のはずだった。<br />
<br />
アジウ監督のチーム構想。今季から選手登録枠が20人から14人に減少。この2つによって名古屋オーシャンズから戦力外となったボラは、2009シーズン前に湘南ベルマーレへと移った。<br />
常勝チームから下位チームへの&#8221;都落ち&#8221;のような移籍は、観客を魅了できる希有なプレーヤーのプライドをズタズタに引き裂いた。<br />
<br />
湘南ベルマーレとは、Jリーグではお馴染みなので聞こえはいいが、フットサルではまったく別。Fリーグ元年の2007シーズンは8チーム中5位、2008シーズンは7位と、くすぶっているチームなのだ。<br />
<br />
かくして平塚へとやって来た傷心のボラだったが、湘南ベルマーレも黙って見ているほど愚かではなかった。モチベーションを上げる策をきっちりと用意していた。<br />
<br />
移籍してきたばかりのブラジル人をキャプテンにする。<br />
<br />
いきなりチームの心臓部を任されたとなれば、ボラ自身も発憤しないわけにはいかない。背番号を10から1へと変更し、屈辱を胸にしまい込んで2009シーズンを向かえた。<br />
開幕戦こそ無得点だったが、その後、相手をはじき飛ばすようなフィジカルの強さと卓越した個人技で得点を積み重ね、終わってみれば過去最多の29得点で得点王に輝いた。<br />
<br />
だが、最も重要な部分である&#8221;チームの順位を上げること&#8221;はできなかった。10チームに増えた今シーズンも8位という定（低）位置で湘南ベルマーレはFリーグを終えた。<br />
個人としては最高の出来だったが、主将としてはチーム躍進の起爆剤にはなれなかった。<br />
<br />
そこで、プーマカップ2010　第15回全日本フットサル選手権である。<br />
&#8220;フットサルの天皇杯&#8221;に位置づけられるシーズン最後のビッグタイトル。目に見える結果として、ボラは喉から手が出るほどに欲していた。<br />
<br />
しかも全日本フットサル選手権は個人的にも因縁深い。名古屋オーシャンズの一員として、昨年、一昨年と２年連続で相手チームの胴上げを目の当たりにしている。特に昨年は、地域リーグから勝ち上がってきたフウガ目黒（現・フウガ東京）に4-6で優勝をさらわれるという汚点まで残してしまった。<br />
<br />
キャプテンの責任として、さらには自身のリベンジのため、ボラは全日本フットサル選手権の決勝戦に臨んだ。相手はシュライカー大阪。Fリーグ3位という好成績を残した強豪である。<br />
<br />
試合はシュライカー大阪がボールを支配し、自陣に引いた湘南ベルマーレがカウンターを狙うという形で始まった。湘南ベルマーレがボールを奪うと、サイドに開いたボラへロングパスを出し、個人技でシュートまで持ち込む。<br />
何度か得点をにおわせるシーンを作るが、シュライカー大阪のゴレイロ、イゴールがその前に立ちはだかる。<br />
シュート体勢に入ったとき、186㎝の長身が両手を広げて前に出るとシュートコースがほぼ無くなってしまう。それでも強引に狙うから枠に飛ばない。<br />
今シーズンからイゴールが加入したシュライカー大阪はFリーグ10チーム中、最少失点50を誇る堅守が持ち味。その屋台骨となる彼を突破するのは容易ではなかった。<br />
とはいえ、ボラにとっては相性が悪い相手ではない。対戦した3試合中すべてで得点を決め、都合4回ネットを揺らしている（勝敗は湘南ベルマーレの1勝2敗）。<br />
<br />
両チームとも欲しかった先制点は、シュライカー大阪が取った。正面やや右からのフリーキックを直接決めたのだ。これで湘南ベルマーレが前に出なくてはいけない展開となるが、総合力で勝るシュライカー大阪がどんどん押し込むようになる。<br />
<br />
後半、湘南ベルマーレはボラがピヴォの位置に入り、ボールをキープしたら相手を引きつけておいてフリーの味方にパスを出す作戦にチェンジした。するとサイド攻撃が光り出し、組織として決定的なシーンを作り出すようになる。<br />
<br />
そして10分過ぎ、第2PK付近でボラがバックチャージを受けて、湘南ベルマーレがフリーキックを得る。ほぼ正面。キッカーはもちろんボラ。<br />
ここでシュライカー大阪が奇策に出る。ペナルティエリアの内側に3枚の壁を作るわけだが、その一枚、ちょうどボラから正面の位置にイゴールが立ったのだ。ゴレイロが壁に入るとなると、両ポストにフィールドプレイヤーはいるものの、ゴールは空き状態である。<br />
しかし、壁の中に一人だけ手が使える者がいるとなれば、相手に無言のプレッシャーをかけることができる。<br />
シュライカー大阪の奇策とは、ボラに対して挑発とプレッシャーを同時にかけることだった。<br />
ボラが助走に入ると、イゴールはゴールを体の陰に隠すため、両手を広げながらジリジリとペナルティエリアのライン上まで前進する。だが、これだけでは守備としてはまだ未完成である。股の間が空いているのだ。<br />
ボラがボールにインパクトを与える瞬間、イゴールは股間を抜かれないように、腰をかがめながら太ももを閉じた。<br />
ボラが右足を振り抜く。ボールは弾丸ライナーで体勢を低くしたイゴールの顔面を直撃し、高く舞い上がってゴールラインを割った。<br />
正面に強いシュートを蹴ったボラの選択は、シュライカー大阪の術中に見事にはまった証拠でもあった。<br />
<br />
12分過ぎ、今度はシュライカー大阪が右サイドでフリーキックを得る。するとキッカーが中央へ不用意な横パスを出す。ボラはそこを見逃さずにパスカット。そのままドリブルで一気に駆け上がり、ゴレイロと1対1となる。イゴールは腰を落としてペナルティエリアのギリギリまでポジションを上げる。ボラはステップを踏みながら重心を左へ移し、右足でファーサイドを狙う体勢を取った。<br />
そしてシュート…、ではなく、足裏を使ったキックフェイントでイゴールを抜きにかかった。しかし読まれていた。イゴールはその動きについていき、両手を頭上に上げながら横っ飛びをする。そうなるとボラはゴレイロの脇の下を狙うしかない。左足でシュートを放つ。しかし利き足ではないため、ボールを正確にミートできず、ほんの少しだけ浮いてしまう。イゴールはそれを手に当ててはじいた。<br />
2度目の対決においても軍配はイゴールに上がった。<br />
<br />
ゴレイロの神がかりなセーブによって、流れは完全にシュライカー大阪のものとなった。<br />
1分後、2点目を追加する。15分にはパワープレーに出た湘南ベルマーレのすきを突いて、イゴールがロングシュートを決めてしまう。18分にもダメ押しを決めて４－０。<br />
シュライカー大阪が初優勝を飾った。<br />
<br />
終了の笛と同時に、ボラは信じられないと言わんばかりに首を横に振った。ボラを完封したイゴールはチームメイトと喜びを爆発させる。<br />
3年連続相手チームの胴上げに立ち会うという不名誉な記録がボラのキャリアに加わると同時に、移籍1年目でチームにタイトルをもたらすという夢も泡と消えた。<br />
<br />
そして何より、自分を見限ったチームへ復讐できなかった。<br />
<br />
名古屋オーシャンズがまだ手にしたことのない全日本フットサル選手権を先に獲得することこそ、この大会におけるボラの野望だったはずである。日程がAFCフットサルクラブ選手権と重なっていなかったら、Fリーグ王者が死に物狂いで獲りにいっていたであろうことは間違いない。だからこそ、移籍した最初の年に是が非でも取りたかったのだ。喉から手が出るほど欲していたのだ。<br />
これで、放出した相手に「ざまあ見ろ」が言えなくなった。<br />
<br />
Fリーグでは古巣相手に3ゴールを叩き込んでいるが、これだけでは不十分なのである。<br />
<br />
それにしてもFリーグ得点王とMVPの対決は、迫力だけでなく、知的ゲームのようで見応えがあった。<br />
<br />
背番号1の目論みはもう一人の背番号1によってもろくも崩れ去るという皮肉がついた。<br />
<br />
（滝沢康英＝文）</p>
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		<title>[WJBLプレーオフ・ファイナル]辛さを超えて</title>
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		<pubDate>Wed, 03 Mar 2010 01:59:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[[塾生]西本匡吾]]></category>
		<category><![CDATA[日本一決定戦]]></category>

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		<description><![CDATA[　今シーズンから左腕にサポーターをしている。プレーオフが始まる前には、英語で短く文章を入れた。最後の文字は「ＯＮＥ」ではない。大神雄子は断固たる決意を腕に刻み、試合に挑んでいた。 　 　大神雄子は、ＪＯＭＯ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
　今シーズンから左腕にサポーターをしている。プレーオフが始まる前には、英語で短く文章を入れた。最後の文字は「ＯＮＥ」ではない。大神雄子は断固たる決意を腕に刻み、試合に挑んでいた。<br />
　<br />
　大神雄子は、ＪＯＭＯサンフラワーズに所属しているバスケットボール選手である。ポジションはポイントガードで、抜群のリーダーシップと卓越したゲームメイク能力を持つ。一昨年には、女子バスケ選手として初めてプロ契約を交わしている。ＪＯＭＯでは、唯一と言っていい、替えがきかない選手である。<br />
　<br />
　２月２８日、代々木第二体育館でＷＪＢＬプレーオフ・ファイナル第３戦が行われた。<br />
　ＪＯＭＯサンフラワーズとトヨタ自動車アンテロープスの戦いとなったファイナルは、ここまでＪＯＭＯが２勝している。ファイナルで先に３勝したチームがシーズン優勝となる。あと１勝で、ＪＯＭＯの優勝が決まる状況だった。　　<br />
<br />
　大神は、チームメイトの内田しずかのためにも優勝するという一心で、プレーオフ・ファイナルを迎えていた。内田はプレーオフが始まる直前に膝の十字靱帯を損傷してしまい、試合に出られる状態ではなかった。<br />
　バスケットでは、コート内ではお互いを「コートネーム」で呼び合う。大神は「シン」、内田は「フェイ」と呼ばれている。<br />
　<br />
　「フェイのためにも勝とう」<br />
　プレーオフが始まる前、チーム内で合言葉ができた。<br />
<br />
　大神は、内田の気持ちを誰よりも理解していた。内田の姿が、昨年の自分と重なって見えていた。<br />
<br />
　昨年２月７日、大神は日本航空との試合で左手首を骨折する。全治３ヶ月の重症だった。２月中旬から３上旬にかけて始まるプレーオフの出場の道は途絶えた。<br />
　昨シーズン、ＪＯＭＯは２年ぶりに優勝を遂げる。だが、当然大神が出場することはなかった。優勝の瞬間を、ベンチで迎えていた。<br />
　<br />
　大神は、痛みに堪えるリハビリの毎日に、不安を覚えた。バスケットができない、悔しさもあった。　<br />
<br />
「リハビリ当初は、パスもドリブルも全然出来なくて。自分がバスケット選手ではないような感覚がありましたね。」<br />
　<br />
　怪我は辛い出来事だった。だが、大神の心が折れることはなかった。怪我があったからこそ、周囲の人の支えが今の自分を形成している、と気づくことができた。仲間とプレーすることが当たり前の出来事ではない、と心に刻んだ。<br />
　<br />
　大神は昨年４月に復帰を果たす。医師の診断より、１ヶ月も早かった。<br />
<br />
「昨年怪我をした時の担当医や看護師の方々に『今年のファイナルは見に行くからね』って言われました。自分の支えになってくれた人のためにも、絶対にやらないと、って思いましたね。あと今年、怪我をしてプレーオフに出られない選手がいて。だから、その選手のためにも、自分が何としてもプレーをして、勝ちたいと思いました。」<br />
<br />
　恐怖や悔しさ、辛さはあった。だが、周囲への感謝とプレーへの情熱が大神を成長させたことも、揺らぐことの無い事実であった。<br />
<br />
　そして、内田が怪我をしたことで、何としても勝たなければいけない、使命感が生まれた。彼女の痛みを知る大神の、断固たる決意だった。<br />
　<br />
　大神は怪我をしてから、左手首にはテーピングを巻いて、左腕には手首から二の腕まで　をしっかり覆うことができるポーターをして、試合に臨んでいる。<br />
<br />
　あと、１勝である。<br />
　ＪＯＭＯが勝てば優勝となる。キャプテンである田中利佳は、試合前、ロッカルームで最後の意思統一を図った。<br />
　<br />
　「今日で終わりにしよう。」<br />
<a href="http://dourakumon.com/wp-content/uploads/2010/03/048.jpg"><img src="http://dourakumon.com/wp-content/uploads/2010/03/048.jpg" alt="" title="048"  height="200" class="alignright size-full wp-image-921" /></a><br />
　代々木第二体育館には、緑のタオルを掲げ応援歌を熱唱するＪＯＭＯのファンとピンクのメガホンを否応なしに叩くトヨタのファン、はっきりとしたコントラストで会場は二分されていた。最上段には、立ち見のファンが少し不満げな顔をして、ただずんでいた。日本バスケットの世界では、少し珍しい光景だった。<br />
<br />
　大神は躍動した。<br />
　<br />
　普段の明るい、晴れ晴れとした彼女の表情は試合中、影を潜めた。その替わり、勝利を目指して先頭に立つ、リーダーの表情があった。試合中は誰よりも厳しい表情で、仲間を叱咤激励した。<br />
　<br />
　「試合中は、『対トヨタ』っていう感じではなかったですね。というよりも、『対自分たち』という感覚で戦ってましたから。」<br />
<br />
　ＪＯＭＯは圧倒的な強さで、第４ピリオドまで駆け抜けた。<br />
　残り、１．５秒となった。会場のＪＯＭＯサポーターは今にも踊りそうな表情で、ボールの行方を追っていた。<br />
　<br />
　スコアは７９－５８だった。<br />
　ＪＯＭＯの優勝は、時間の問題だった。<br />
<br />
　「ピーーーーー！」<br />
　<br />
　主審の笛が鳴った。試合終了ではない。相手選手の腕が、大神にあたった。<br />
　フリースローが２本、大神に与えられた。<br />
<br />
　「まさかあの時間で、自分がファールされるとは。『えー、このタイミングですか』って思いました。」<br />
　<br />
　シュートの出来は関係なかった。２本目のシュートを打った時、大神は素早く踵を返した。そして、奥にある電光掲示板を見ながら、ゆっくりとコートの中央に歩き出した。<br />
<br />
　体育館の東側のスタンドは、喜びを爆発させる。<br />
　控えメンバーは、弾かれる様にコートに飛び出す。<br />
<br />
　０秒、試合終了告げるブザービートが、体育館に鳴り響いた。<br />
　ＪＯＭＯの２連覇を、決める合図だった。<br />
　<br />
　「ブザービートが鳴ったとき、今まで聞こえなかった歓声が、しっかりと耳に入ってきたんですよ。でね、メンバー全員の顔が、順々に浮かんできましたね。」<br />
<br />
<a href="http://dourakumon.com/wp-content/uploads/2010/03/021.jpg"><img src="http://dourakumon.com/wp-content/uploads/2010/03/021.jpg" alt="" title="021" width="200" class="alignright size-full wp-image-920" /></a><br />
　大神は、歩くの止めた。<br />
　大きく、素早く、そして高らかに、両腕を振り上げた。<br />
　白い歯を見せながら、体全体で喜びを表現していた。<br />
　彼女は、笑っていた。<br />
<br />
　大神は左腕にサポーターをしている。プレーオフ前、英語で短く文章を入れた。<br />
　<br />
　「ＯＮＥ　ＦＯＲ　ＡＬＬ　　ＡＬＬ　ＦＯＲ　ＦＡＹ」<br />
　一人はみんなのために、みんなはフェイのために、と。<br />
<br />
　<br />
　来年、ＪＯＭＯは３連覇を目指す。<br />
　メンバーには大神がいる。<br />
　そして、内田もいる。<br />
<br />
（西本匡吾＝文）<br />
<br />
</p>
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		<title>[トップリーグ]１０番より、１２番より</title>
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		<pubDate>Mon, 08 Feb 2010 02:46:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[[塾生]波多野詩菜]]></category>
		<category><![CDATA[スポーツライター登龍門 present by 「朝日日刊インサイト」]]></category>
		<category><![CDATA[日本一決定戦]]></category>

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		<description><![CDATA[会場は全員トニー・ブラウンだった。スーパー１４の最後の試合、カリスブルックの１万何千人の観客は、全員彼のマスクをつけて観戦した。そのくらい、ＮＺで愛されていた選手だった。 トニー・ブラウンはいま、同じチー]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
会場は全員トニー・ブラウンだった。スーパー１４の最後の試合、カリスブルックの１万何千人の観客は、全員彼のマスクをつけて観戦した。そのくらい、ＮＺで愛されていた選手だった。<br />
トニー・ブラウンはいま、同じチームの同じポジションにいる。<br />
１月３１日のマイクロソフトカップ決勝戦、彼が出場停止から戻ってくると、「リトルブラウン」は、準決勝で着た１０番のユニフォームを彼に渡した。代わりに今季親しんだ、１２番を着た。<br />
<br />
「決勝に関しては、何番でもいいんです」。<br />
本心だった。直前には、今後極めていきたいポジションはスタンドオフ（ＳＯ）、と断言していたのだから。<br />
マイクロカップ決勝――<br />
それは、入江順和にＳＯもセンター（ＣＴＢ）も関係なく、「何番でもいいんです」と心から言わせる試合だった。<br />
<br />
今季は、ほとんどの試合をＣＴＢとして出場した。ＣＴＢは、社会人になってから始めた。経験を積ませてくれと、会社に頭を下げてＮＺへ留学した年もあった。でもやっぱり、小学校２年生から１番長く続けてきた、ＳＯが楽しい。「単純にボールが触れて、自分で動かせるのが、楽しい」。<br />
トニー・ブラウンが出られない時、ＳＯは入江にあてがわれる。入江は、「キック主体のところ、デフェンス面」を引き継ぐように意識する。「ＳＯが変わるとチーム全体のリズムも変わる。でも、同じようなタイプの選手が入るなら、チームも上手くいく」と考えるからだ。「入江のプレーを見ていると、自分のプレーを思い出すし、イメージが重なる。入江は肉体的な当たりのところで強い、タフな選手だ」とトニー・ブラウンは言う。いつしか「リトルブラウン」という呼び名がついた。<br />
<br />
入江は「リトルブラウン」と呼ばれることが、あまり好きではない。<br />
では、トニー・ブラウンになくて入江順和にあるものを、と尋ねた。「自分のやりたいラグビーのイメージは、ランニングラグビーというか、ＳＯが仕掛けてどんどん動いて崩していく、ちょっとした瞬間のスピードで相手ＤＦを崩していくようなプレー」。遠慮がちな目線に笑みを浮かべつつ、「そこで上回りたいという思いがある」と言った。<br />
<br />
飲料容器を人に見立てて芝生の上に並べたて、同じＣＴＢの山内と何度も最終確認を繰り返し、金曜日、入江は最後の練習を終えた。この日も決勝戦は、「出られればいい」とだけ言った。それくらい、「どうしても欲しいタイトル」だった。<br />
<br />
三洋は、負けた。<br />
温厚な顔立ちに、勝負後の傷跡がなまなましく残る。<br />
<br />
「悔しいというより、またかという。どうして勝てないのか、分からないです。個人的なところで言うと、アタックのコンタクトの部分でやられて、起点になれなかった。東芝のアタックの継続は、予想以上でした。アタックへの集中力、取るか取りきれないかの差が東芝との差でした」。<br />
反省点ははっきりしていても、釈然としない思いがくすぶっているようだった。<br />
<br />
日本選手権が始まる。入江はまた「勝てれば何でもいい」と言った。<br />
「このレベルになってくると、ボールゲームっていうよりかは、格闘技。体のぶつかり合いのところで負けたくない」。<br />
<br />
いずれは、三洋の１０番になりたい。でも、とりあえずはチームが勝つことが最も重要なようだった。<br />
１２番でも、１０番でも。<br />
入江はまだ、模索している。<br />
<br />
<br />
<strong>●プロフィール</strong><br />
波多野詩菜（はたの　しいな）<br />
１９９０年２月生まれ。慶應義塾大学文学部に在学中。慶應スポーツ新聞会サークルに所属し、主に大学サッカーの取材を中心に活動中。<br />
</p>
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		<title>[トップリーグ]Ｓ席の風景</title>
		<link>http://dourakumon.com/index.php/column/108</link>
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		<pubDate>Mon, 08 Feb 2010 02:41:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[投稿記事]]></category>
		<category><![CDATA[スポーツライター登龍門 present by 「朝日日刊インサイト」]]></category>
		<category><![CDATA[日本一決定戦]]></category>

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		<description><![CDATA[　１月３１日の日曜日の午後にあなたは何をやっていたのだろうか。 　おしゃれな街へとショッピングに行ったかもしれないし、大切な人と遊園地で楽しんだかもしれないし、ただ家でごろごろ寝転んでいたかもしれない。休]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
　１月３１日の日曜日の午後にあなたは何をやっていたのだろうか。<br />
　おしゃれな街へとショッピングに行ったかもしれないし、大切な人と遊園地で楽しんだかもしれないし、ただ家でごろごろ寝転んでいたかもしれない。休日だ。多くの人はその日に何をやろうと自由だ。<br />
　あなたは知っていただろうか。その日にラグビートップリーグの頂点を決める試合があった事を。<br />
<br />
　おお、Ｓ指定席だ。普段僕は自由席で見ている。なぜってお金がないから。学生でしかも東京在住でもない。今日だって前日の夜行バスで名古屋から来た。正直移動費でいっぱいいっぱいです。それが今日はここに記事を書くということで、指定席のチケットを頂けた。早めに行かなくたって自分の席が確保されているのはいい気分だ。バックスタンドの前方部分でセンターラインの真ん中あたりの席はともかくピッチが近い。<br />
　試合が始まる。タックルの迫力に圧倒される。選手たちが体と体をぶつける場面が間近で見られる。そしてその時発せられる音は自分の骨が軋む気がするほどリアルだ。選手たちが声を出し続ける。スローインの際に何やらサインのような数字を叫ぶ。その数字によって選手たちは動き、フォーメーションを変え、選手が１人ふわりと持ち上げられる。その一連の動きに惚れ惚れする。視覚と聴覚が刺激される。それが興奮を呼び込む。人と人が入り乱れる中、目の前で三洋の選手が東芝の選手に対しバックドロップをかました。ボールゲームでバックドロップが見られるなんて。試合前に年間で指定席を取っているという二人組みのおじいちゃんと話していたことを思い出す。これは格闘技だから。もうその通り。　<br />
　試合は単純に言えば東芝が攻め、三洋が守った。東芝は執拗に自陣からボールを繋ぎ、三洋にプレッシャーをかけ続けるが、リーグ戦で最小失点を誇る三洋のディフェンスは瀬戸際でそれを跳ね除ける。東芝の選手から「辛抱、辛抱！」と言う声があがる。攻めている東芝が辛抱を強いられているのだ。それほど三洋のディフェンスはしぶとかった。<br />
　試合は６－０で東芝が勝利を収めた。攻め続けた東芝はトライを奪えなかったものの、ペナルティーゴール２本を確実に取り、後半３０分からの三洋の最後の逆襲にも耐え、栄冠を手に入れた。<br />
<br />
　もし自由席で、あるいはテレビ観戦していたら、僕はこれほど興奮しただろうか。それは俯瞰で見ることができる分、ノートライゲームという結果にばかり目がいき、何も残らなかったかもしれない。あのピッチに漂う野生的な風景と匂いを感じることはなかっただろう。指定席の周りをぐるり見渡す。ポツポツと空席を見つけることが出来る。<br />
あなたの席はまだ空いている。<br />
<br />
<br />
<strong>●プロフィール</strong><br />
谷口徹（たにぐち　とおる）<br />
１９８８年１月生まれ。中京大学社会学部に在学中。大学４年生の現在、未だ就職活動中。年越し派遣村のニュースを見ると気分が落ち込む２２歳。<br />
</p>
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