スポーツ感動体験

  • 2010年8月23日

28年ぶりの自転車レース

 Kさんは飄々とマイペースだけれど家庭的なお父さんである。
 休みの日も4歳の娘と2歳の息子と遊ぶのが何よりの楽しみで、一人で遊びにでかけるようなことも少ない。
 そんなKさんにとってツール・ド・国東は、随分と久しぶりの自転車レースだった。
 最後に大会で走ったのは28年前の高校生の時で、ツール・ド・国東の記念すべき第1回大会だった。

「本人の中に何か思うところがあったのか、よくわからないんですよね」
 なぜ久しぶりにレースに出ようと思ったのか、奥様のNさんにもよく分からなかった。
 さほど練習したわけでもないが、それでも昔とった杵柄なのだろうか、国東半島の115kmという距離の山道を走るコースを下見した時も「大丈夫~?」と不安になるNさんに対して、Kさんは平然としたものだった。

 大会当日、5月の国東は真夏のような日差しが照りつけていた。
 沿道の花々も、すぐそばの海もまぶしく光を反射している。
 しかし、何千人という参加者や応援者が集う会場に、車を停める余裕はなかった。
 Nさんは近くのコンビニに車を停め、スタート直後のKさんの姿を子供と一緒に見送った。その後は近くの砂浜で遊びながら帰ってくるのを待つしかなかった。
「待っている間、長かったですよ。もしもリタイヤなんてことになった時は、すぐに行けるように携帯電話で連絡してねって言っておいたんですけど」

 朝の9時にスタートしたKさんからの電話は結局、午後の2時を過ぎてもこなかった。
 次々と出場者が帰ってくる。
 真夏日にも関わらず皆、充実した顔でペダルをこいでいる。

 ついに、Kさんが帰ってきた。
 5時間以上も自転車で走ってきた男の姿には見えなかった。
「もう終わってしまうのかと思うと寂しかったそうなんですけど、本当に嬉しそうに、楽しくて仕方ない、という表情で自転車をこいでいたんです」
 Kさんは、娘と息子の前でも止まろうとはしなかった。
 笑顔で手を振りながら、ゴールへ向けて走り去っていく。
 カッコイイお父さんの後ろ姿だった。

 28年ぶりの自転車レースはKさんのアスリート魂に火をつけたようで、来年のツール・ド・国東はもちろん、他にも近場の大会はないのか捜すようになった。
 魂に火がついたのはKさんだけではなかった。
 4歳の娘は、自転車の補助輪を外して欲しいと言い出した。
 2歳の息子は、三輪車ではなく自転車に乗りたいと言い出した。
「こうなったら親子で出場するしかないですよね」
 Nさんは、温かく沿道で見守り、撮影係をするつもりでいる。

(小林浩宣=文)

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