入れ替え戦

[トップキュウシュウリーグ]悠然と昇格した男

 お客の流れも一段落して空いた待合室に、白衣をまとった中年男が入ってきた。
 男は私にコーヒーを勧めると、何から話そうか? とタバコに火をつけながらパイプ椅子に腰掛けた。
 妹尾隆二は鍼灸院の診療医であり、地元の百貨店山形屋の嘱託医であり、トップキュウシュウBを戦った山形屋ラグビー部の監督でもある。
 ラグビー・トップキュウシュウリーグは九州と中国地方を包括しているリーグである。
 山形屋ラグビー部は昨シーズン、トップキュウシュウBを五戦全勝で優勝し、トップキュウシュウA6位の三菱自動車水島との入れ替え戦に臨んだ。

「相手の情報はまったくなかった。やってみるしかなかったですよ」
 相手を論じる以前に、山形屋自身の準備が整っていたわけではない。
 九月の開幕を控えた夏場は、ただでさえ百貨店にとって年末年始に劣らぬ重要なお中元シーズンのただ中であり、加えて昨年5月をもって三越鹿児島店が閉店したことによる顧客増に伴い、優秀なサラリーマン選手たちは職場にとっても欠かせなかった。

「昨シーズンから見ても、全員がそろって練習ができたことは一度もないです。練習試合も一回やっただけ。地元のクラブとの合同練習はできたんですけどね。シーズンを戦っていく中でチームを作っていった感じ」

 入れ替え戦を終えた妹尾は淡々と振り返った。
 過ぎた事というのもあるのだろうが、性格的に、与えられた現状を受け入れ、一つ一つ目の前のことに最善を尽くす人間なのだろう。

 入れ替え戦、前半から山形屋は恐れることなく迷うことなく水島に襲いかった。
 先制トライは許したものの、すぐにトライを奪い返す。
 パジェロ級の大型FWをそろえた水島に対して肉弾戦では押されてはいたが、積極的なキックで先手先手を打ち、大胆なパスワークでグラウンドを横幅いっぱいまで活用し、大人のプレーで水島を翻弄し、時間とともに優勢を明らかにする。
 山形屋のバックスからバックスへと最後尾でのパス回しがつづく。
 水島のマークがすこしずつ乱れていく。
 どこで山形屋がしかけるのか、と思われた矢先、水島FWの一人が不意に前進してパスをかっさらう。
 誰もさえぎるものはいなかった。
 水島FWはゴールの真下を通り過ぎ、ボールを地面に置くだけでよかった。
 前半28分、水島を勇気づける大きなトライが決まり、また7点差に広がった。

 しょうがない。

 妹尾に悔いる気持ちはなかった。
「通っていたら一気にトライになるチャンスだったし、そこはリスクを犯すべきところだった。
 ハーフタイムの時にも選手に言ったけど、縮こまってもしょうがない、縮こまっていたら逆にやられてしまう、山形屋ののびのびラグビーをやろうよ、とね」

 後半も半分を過ぎ、鹿児島からはるばる会場の福岡大学グラウンドまで足を運んだ熱心なラグビーファン、山形屋の応援者たちにとっては重苦しい展開がつづいていた。
 スコアは7-17で、リードしているのは三菱水島だった。
 後半開始早々に水島が決めたペナルティゴール以降、スコアは20分以上動いていなかった。
 それでも妹尾は十分にチャンスあり、と落ち着いていた。

「今シーズンはリーグ戦でも競った試合が多かったから、そう後半逆転という形も多かったね。それでBリーグで優勝することはできたんだから、まあ、入れ替え戦がおまけというつもりはないけど」
 瀬尾は一息挟んだ。
「慣れてしまったよね」

 後半も残り20分を切ってトライが連続した。
 後半27分、ゴール前の混戦から不意に飛び出したFW川田原のトライでついに山形屋が同点に追いつく。
 圧倒的な体格差を抱えながらスクラムの中心を担いつづけ、限界がきていることが傍目にもわかる、それでも替えがきかない四十歳大ベテランのトライで、重く滞っていた試合の流れが山形屋へとやってきた。
 後半34分、さらにハーフバック池原のトライが決まった。
 24-17、トライ数でも4対2と二つ先行し、トライとコンバージョンキックで同点に追いつかれてもトライ数の差で昇格となる。
 後半37分、水島が意地のトライを決め、2点差へと追いすがる。
 時間は、もう残っていなかった。


「来シーズン、大変だよねえ」
 妹尾の視線はすでにトップキュウシュウAで戦う来シーズンへの準備に向いている。
 会社側のサポートが万全とは言えない。
 不況のあおりで新入社員そのものが少ないため、また一つ年齢を増す現有戦力で戦うしかない。
 部員の誰も閑職にいるわけではなく、売り場や事務方面における責任ある役職にあるため、夜の7時8時まで仕事をしてから、九時以降に集まれる部員だけ集まって日付が変わるまで練習する、という現状も変わらない。

 それでも彼らが挑むのはトップリーグのすぐ下に位置するトップキュウシュウAである。
 やってみないとわからない、最初の一勝がいつになるかで状況が変わってくると強調しながら、妹尾は来シーズンを展望した。

「トップリーグから降格してくる九州電力戦、これは大差で負けてもしょうがないよ。
 ケガ人が出なければいい、大事な試合で出られなくなるほうが痛い。
 一足先にA昇格を果たした同じ地元の鹿児島銀行戦が残留争いの鍵になるでしょう」

 妹尾には秘策があった。
 山形屋ラグビー部には60歳を超える老ウィングが登録されている。
 こいつが試合に出してくれないんだよ、と何かあると人前で妹尾をいじる、老いてますます盛んな山形屋グループの社主、岩元恭一である。
 岩元恭一は鹿児島銀行の社外取締役でもある。

「鹿銀の選手たちも、まさか役員にタックルはできないでしょ。」

(小林浩宣=文)

入れ替え戦

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コメント(1)

ラグビー好き。2010年5月26日 1:09 AM 

最後のエピソードは微笑ましく、読者としてはニヤッとさせて頂いたのですが、もう少しこのゲームの綾、チームとして逆転劇を何度も演じてきた理由が何だったのか、「シーズンを戦いながらチームを作った」と軽く触れてはいますが、監督さんがにどういうチーム作りをしたのかは気になります。

妹尾監督が悠然としていられたワケ、悠然と昇格できたワケは何だったのでしょう?この作品の肝はここにあると思うのですが、何も触れられていないのがチョット残念です。大事なところを何となく通り過ぎてしまったというモヤモヤ感は残りました。

それから揚げ足を取るようで申し訳ないのですが、「ハーフバック」という表記は違うのではないでしょうか。普通、ハーフバックスという表記でスクラムハーフ(9番)とスタンドオフ(10番)のハーフ団を指しますが、これだとどちらの選手であるかが分からないですよ。

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