[塾生]西本匡吾
[JFL]弾いた先に
悔しさが滲み出ている表情は、赤いフレームをした眼鏡によって何とか柔和さが保たれている。しかし、レンズの奥に見える瞳は、暗暗とした敗北の色で染められていた。そして、何も覆うことが出来ない彼の声には、後悔の念が込められていた。
ジェフリザーブズのゴールキーパー、籠本雄太は最後のプレーを思い出しながら、懸命に一つ、言葉を絞り出した。
「今思えば、あそこで自分がしっかり弾いていれば、と思いますね。」
1-1で迎えた、後半ロスタイムの時だった。
市原臨海競技場で起きた、最後の出来事だった。
第四審判の鈴木悠介掲げたロスタイムの表示は3分であった。3分が経過するかしないか、極めて微妙な時間に、V・ファーレン長崎はフリーキックのチャンスを得た。
攻める長崎から見れば、ペナルティエリアの左側の直角の部分とサイドラインの中間と言える場所だった。左サイドからのコーナーキックでショートコーナーを行う時、キッカーがリターンパスを貰うであろう所で、長崎は最後のチャンスを迎えた。
キッカーである原田武男は、両手でバックスピンを掛けながら、指定された位置よりも少し前にボールを置いた。ボールがセットされたのを見計らって、チームメイトの川崎元気が原田の側に寄る。
川崎はゴールに背を向けながら、原田の右耳の元で小さく言葉を発した。そして、すぐに川崎はグラウンドの中央近くに走って行った。
原田は両手を腰につけて、ペナルティエリアの中を見つめた。エリア内にいた長崎の選手は、七人だった。
ジェフリザーブズのディフェンダーは、壁二枚を残して、全員がエリア内でボールを待ち構えている。ゴールキーパーの籠本を含むジェフの選手たちは「相手はクロスをあげてくるしかない」と確信していた。ハイボールの対処に、全神経を集中させた。
審判の甲高い笛が鳴る。
キッカーの原田は、二歩のステップが終わった後、勢いよく右足でボールを叩いた。クロスボールではなかった。原田は、サイドキックで地を這うグランダーのパスを、右前方に蹴り出していた。ボールの行き先は、ペナルティエリアの前に空いていた莫大なスペースだった。
ジェフのディフェンダーは呆気にとられた。さっきまで誰もいないスペースだった。
だが、ボールの先には川崎がいた。
ハーフウェイライン付近から猛然と走り込んで来た、川崎がいた。
川崎は言う。
「あれは最後のチャンスでしたよね。だから、ジェフ側は絶対クロスボールを合わせてくるだろうって考えてたと思うんですよ。で、キック前に原田さんに『ここはトリックプレーだろ』と。原田さんが僕にパスをして、ミドルシュートを打つという流れでした。」
フリーでボールを受けた川崎は、右足でボールを少し押し出し、左足を素早く振りぬいた。
「原田さんからのパスが少し浮いていたので、しっかりミートしようと。高さ、コースともに自分の狙ったとことろで、ボールも枠を捕えていましたし。本当に狙い通りでしたね。」
川崎にとっては、全てが狙い通りだった。定規で線を引いたように、真っ直ぐに飛んだグラウンダーのシュートだった。
「入る感触はあったんですけどね。」
ディフェンダーの足元を掻い潜って、ボールはゴール前に到達する。
だが、最後の砦がいた。籠本の懸命に伸ばした右腕が、ボールを弾く。
籠本は言う。
「相手がシュートを打ったとき、ディフェンダーがブラインドになって全然ボール見えなかったんですよ。気づいたら、体が反応していました。弾こうとかキャッチするとか、頭の中では何も考えてなくて、自然と来たボールに反応した感じですね。」
籠本はボールを弾く。
だが、ボールはまだ生きていた。
籠本の右前方に失速をしながら、転がっていった。
はやく何とかしないといけない、と籠本が素早く立ち上がり、ボールに飛びつこうとした時だった。
「何とか入ってくれよ。」
籠本よりも前に、祈るようにして左足を振りぬいた選手がいた。ペナルティエリアの中から一人の選手が抜け出していた。
長崎のフォワード、阿部博一だった。
阿部は、シュートシーンを振り返る。彼の表情には嬉しさと悔しさが同居していた。
「何とか点を決めてやろうと思ってました。シュート打った後、ライン上にボールが行ったことだけはわかったんですけどね。僕、打った後そのまま倒れてしまって、最後のボールの行方は見てなかったんですよ。で、気づいたら、最後は有さんだもん。」
阿部のシュートは、籠本の右脇を狙ったものだった。しかし、籠本も反応する。「ミドルシュートを弾いた後は覚えていない」というゴールキーパーは、立った状態で、至近距離からのシュートに反応していた。
籠本は何とか自分の右肘ををボールにぶつけるも、阿部のシュートは、失速しながら籠本の右脇を抜ける。
籠本は後ろを振り返った。ボールはライン上で、小さくバウンドを繰り返していた。
「後ろを振り返って、ボールを蹴り出そうとしたんですけどね。」
籠本は、蹴り出せなかった。
ボールの先には、また先客がいた。
長崎のフォワード、有光亮太だった。
有光がやらなければならい行為は極めて容易なものであった。有光は右足を伸ばし、ボールを数センチづらすだけでよかった。
「目の前にボールが来て、僕はただ押し込んだだけですね。」
長崎に2点目が入った。そして、ゴールと共に試合終了の笛が鳴り響いた。
ミドルシュートを放った山崎は言う。31歳のベテランはチームのメンタル面に満足していた。
「最後はしっかり詰めてくれましたね。でも、そういうみんなの気持ちがあったからこそ、入れることのできたゴールだと思いますね。」
阿部博一は、笑いながら語り始める。声は弾んでいた。
「今年初めての出場だったので、気合が入りましたね。実は去年のジェフとの試合では、メンバーには入っていたんですけど、試合には出れないで悔しい思いもしたのでね。メディアでは、『阿部の得点』で流しましょうよ。まぁ公式記録では違うけどね。今日は親が見に来ていたんだけど『僕の得点だよ』と言いますね。」
籠本は全ての質問が終わった後、自らを責めるように、小さく言葉を発した。
「予想外でしたね。すみません。」
サッカーは最後までわからない。それは、プロだろうが、アマチュアだろうが、どのカテゴリーかは関係ない。
2-1で長崎が勝利し、1-2でジェフが敗れた。
10秒にも満たない、ロスタイムの出来事だった。
(西本匡吾=文)
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[塾生]西本匡吾- kyougo_nishimoto
- 1987年9月生まれ。明治大学法学部在学。現在4年生ながら、新聞社から内定をもらうため就職浪人を決意する。金子塾入塾後は「とにかく現場に出ること」を意識し、スポーツの種類にとらわれず取材を行っている。将来はバスケットボールについて執筆し、日本バスケの発展に貢献したいと考えている。
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