[塾生]西本匡吾

  • 2010年5月18日

[こどもの日全国少年野球教室]ルール

 今から何十年もの昔、メジャーリーグの審判団に、奇妙な通達が届いた。
「カウント3-1の時、次の球が際どいボール球だったら、わざとストライクと言ってください。そして、カウントを3-2として下さい。」
 メジャーリーグ機構からであった。公式的な通知ではない。しかし、審判たちにとっては「守らなければいけないルール」であった。
 
「投手に圧倒的に有利ではないか。打者が四球で出塁できるチャンスを潰すのか。打者に不利なことをしてくれる。」

 こう考えるのが日本人である、と富澤宏哉は言う。

 富澤は日本プロ野球の審判として、3776試合に出場した。王貞治がメジャリーグ記録をこえる756号の本塁打を打ったとき、球審を務めた人物である。1972年には、日本人としては初めて、アメリカに審判留学をした。「とみさん」の愛称で選手、監督から慕われ、仏のような優しい表情をしている。しかし、野球の話になると、目が丸く開き、口の動きが止まらない。
 
「なんで、メジャーリーグが『わざとストライクをとれ』と言ったのか。若いからわかんないよね。それは、打者を歩かせないで、打たせるためなんだよ。打者に打たせる機会を少しでも多く作るために、当時の審判たちに伝えられたものだったんだ。日本では、絶対にありえない考えなんだけどね。アメリカでは、打つことは銭に繋がるから、打者は何も言わない。」

 そして、打つことに対する考え方の違いは、子供達の指導方針にも影響を与える。

「アメリカは、子供達への指導は『打って走ること』だけなんですよ。凄く単純。選球なんて教えない。でも、日本は違う。日本人は子供の頃から四球を教えられる。」

 富澤は野球を「打って走るスポーツ」という。たくさん打つから楽しいし、点が入るからもっと楽しい。そして、打つバッターを時としてピッチャーが抑えるから、より楽しさが増すのである。

「昔ね、落合博満に対して、スリーボール・ワンストライクの時に、僕は外角低めのボール球をストライクって言ったのよ。そしたら落合がね、『とみさん、いまのはボールでしょ』って言うんだ。だから俺は言ったんだよ。『いや、今の球はお前なら打てたからストライクにしたんだ』って。そしたら、『うん』と頷いて、すぐに構えだしたんだよ。確かね、三冠を取った年だったかな。」
 
 ルールは、選手を縛るものではない。選手の力を助けるのものである。
 
 富澤は、5月5日、小学生の野球指導者に対して講演を開いた。しかし、審判の技術の話はごく一部に留めた。彼が最も教えたいことは「野球は打って走るスポーツ」ということ、ただそれだけであった。

(西本匡吾=文)

[塾生]西本匡吾, スポーツライター登龍門 present by 「朝日日刊インサイト」

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