[塾生]小山内隆

  • 2010年5月18日

[こどもの日全国少年野球教室]こうして日本野球の種は蒔かれ続ける

 日本の野球はもはや古典の域に達している。時空を越えているのである。
 たとえばコーチ役のプロ野球OBたちは、それぞれが所属していたチームのユニフォームを着用していたが、香川正人は今はなき近鉄バファローズのユニフォームを着てあらわれた。もう6年も前に消滅したチームである。この日の主役である子供たちのなかに、たとえ知らない子がいたとしても仕方がない。それでも選手をスタンドから見つめる少年野球のコーチからは「懐かしい」というつぶやきが聞こえてきた。
 コーチ陣の最年長は72歳であり、子供たちは孫以上に歳の離れた存在だ。最大年齢差は64歳と、半世紀を雄に越える。とはいえ、年代こそ3つのジェネレーションにわたるが、野球への思いは同じである。祖父が投げて孫が打ち、ふたりが創り出す光景を父が優しく見守り続ける。かように、今の日本で3世代が一緒に楽しめるものなどそうそうない。長きにわたる歴史によって育まれたからこその光景が、この日の町田にはあった。
 OBたちは生徒役であり、野球界の希望である子供たちと正面から向き合っている。元横浜ベイスターズの市川和正は、張りのある声で盗塁を阻止するコツを教えている。送球を確実に早くおこなうため、1)投手が投げたボールは迎えにいかず、体の正面で確実にキャッチ、2)ボールを握りながらステップバック、3)送球、という3つの動作を同じタイミングでおこなうことが大切と説く。ではやってみようと実践に移ると、ストップウォッチを使いながら、捕球から送球までの時間をはかりはじめた。
 指示通りスムーズな送球がなされたタイムに比較すると、捕球を焦るなどリズムが狂った場合は送球までの時間が遅くなる。
「だろ?」
 市川は得意気に声を出し、子供たちは「おーっ」と感嘆する。さらに市川はスムーズに送球できた時にはほめ讃え、できなかった時には身をもって改善点を示していく。そうして再びチャレンジさせて、見事に改良されたら「できるじゃないか」と肩を叩く。
 「暗示をかけて、自信をもたせてやることが大切です」というのは最年長コーチの黒江透修だ。コーチの一番の役目は選手に結果を出させてやることであり、そのためには話術も必要なのだという。
「3年前に西武へコーチとして戻りました。そうすると監督は我が子より若く、選手にいたっては孫の年齢なんですね。もはや怒鳴りつけることなどできない。諭すことが大事なのだと身にしみました」
 講演会の壇上にあらわれた、人生を丸ごと野球に捧げ、V9戦士として今もジャイアンツのユニフォームを着られる権利を有する希少な存在に、埼玉西武ライオンズの渡辺久信監督とそう年齢の変わらないコーチたちは熱心に耳を傾ける。黒江は口角に泡をためながら言葉を紡ぐ。現役時代のエピソードが話し出されると、コーチたちはいっそうの集中力をもって滅多に聞けない実話に興じていく。
 今年で16回目を迎えた「ダイワハウス こどもの日 全国少年野球教室」は、全国48会場で12,000人に及ぶ子供たちを集め一斉におこなわれた。主催者である日本プロ野球OBクラブの面々は、いずれもが無報酬で全国の会場へ駆けつけた。野球あってこその自分たちであるという自覚のもと、野球を絶やすことなく、次なる世代へ確実に手渡すことが目的だ。
 こうしてまた、日本野球に新しい解釈の生まれる可能性が植え付けられていくのである。

(小山内隆=文)

[塾生]小山内隆, スポーツライター登龍門 present by 「朝日日刊インサイト」

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