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- 2010年6月23日
69試合目のデンマーク戦
日本代表が批判されてきた。岡田監督が批判されてきた。いや、今やそれは、批判されていた、と過去形で言うべきか。これまで散々批判されてきた岡田監督の評価が、カメルーン戦での勝利、オランダ戦での惜敗を通じて上昇中だ。そして、決勝トーナメント進出をかけたデンマークとの決戦。もちろん勝利を願わずにはいられない。私自身も、全身全霊を込めて日本代表を応援する。
しかし、そんな空気の中で、あえて気持ちを本番前のテストマッチ4連敗に戻してみる。あの敗戦を通じての岡田監督への批判は、いったい何だったのか。あの4連敗のどん底から見えてくるもの、岡田監督への批判、それがいったい何だったのかを、しっかりと検証しなくてはいけない。そしてそのためには、あの4連敗だけでなく、それまでの4年間のプロセスも、当然ながら視野に入れなければならない。
岡田監督への批判、それは「いったい今まで何をやっていたのか」ということにつきるだろう。直前のテストマッチ4連敗から日本代表は豹変した。岡田監督は2007年の就任以降、前からボールを奪い細かいパスをつなぐ、運動量と俊敏性を生かしたサッカーを追及してきた。それが、直前のイングランド戦あたりから、そんなサッカースタイルをかなぐり捨て、いままで試したこともない守備重視のシステムを模索しはじめた。直前での新システムの導入に対し、批判は頂点に達した。試したこともないシステムを本番で機能させるのは、ギャンブル以外の何ものでもない。そんな場当たり的な戦術で勝っても仕方がない。つまりは「いったい今まで何をやっていたんだ」ということである。
ちなみに、これと対象的なのがトルシエジャパンであった。就任以来4年間、フラット3の戦術を徹底的に浸透させ、その戦術と信念は揺るぎのない一貫したものであった。そして、目標はグループリーグ突破。これも明確であった。さらにトルシエは五輪の監督も兼任し、若手の育成と代表組みとの連携を図った。用意周到である。その意味で、2002年日韓ワールドカップは、まさに4年間の準備で積み上げてきたものの集大成と言えるものだった。すべてが明確だった。
一方の岡田ジャパン。直前の4連敗、土壇場での戦術変更。就任以来積み上げてきたものの集大成どころか、それとの決別ともいえる状況だ。さらに、そんな中での目標はベスト4。これも現状との乖離がはなはだしく理解のできるものではない。腑に落ちないことばかりである。岡田監督への批判とは、つまりそのことに対する批判である。
では、岡田ジャパンはこれまで何をやっていたのか。その検証のために「42」という数字を挙げたい。2007年12月の岡田監督就任以来、屈辱の4連敗を喫する直前までの試合数である。ちなみに、その前にオシムジャパンの試合数が20試合である。もちろんこの20試合から継承したものも多々あるだろうが、ここでは岡田ジャパンの42試合に限って、その意味を振り返り検証してみたい。「これまで何をやってきたのか」という批判は、つまり「これまでの42試合で何をやってきたのか」ということになる。周知の通り、岡田監督は就任以来、前からボールを奪い、細かいパスをつなぐ、運動量と俊敏性を生かしたサッカーを追及してきた。つまり42試合を通じて、そんなサッカーを積み上げてきたといえる。
しかし岡田監督は、直前の4連敗を通じて、これまで積み上げてきたサッカーからの決別をはかった。屈辱の4連敗を通じて、初めて世界の中での日本の立ち位置と実力を実感したのだろう。それにしても、こんな土壇場での変更ではなく、これまでの42試合を通じて、日本の実力を正確に把握し、それに伴う戦術の変更を行うことはできなかったのか。仮にもベスト4という目標を掲げている限り、それは行うべき必須のことであった。しかし、岡田監督が本当の意味でのワールドカップレベルの水準と力、日本代表の立ち位置と戦術の妥当性を確認できた試合は、42試合を振り返ってみれば、昨年9月のオランダ戦のみといっても過言ではない。他は、アジアを相手とした試合、あるいは欧州、アフリカが相手ではあるものの、ホームでの親善試合にすぎなかった。つまり、ベスト4という目標を達成するために必要な、真の意味での力をチェックし、その後のチームづくりに反映させることのできたマッチメイクは、42試合中、事実上オランダとの一戦のみだったといっても過言ではないのである。岡田ジャパンは、そんな状況の中、本番に突入して行かなければならなかった。ちなみにトルシエジャパンは本番直前までの試合数は48試合だが、コンフェデレーションズカップ、これに加え、欧州、アフリカ、南米でのアウエーの試合は優に15試合を上回る。中でも本番1年前のサンドニでの大敗は、今でも記憶に生々しい。まさに用意周到であった。岡田ジャパンの比ではなかった。
真の準備なき状態での本番への突入。ひょっとしたらこのことを一番危惧し、憂慮していたのは岡田監督かもしれない。このまま死ぬわけにはいかない。それが岡田監督の追いつめられた気持ちだったに違いない。だからこそ直前に強豪国とのマッチメイクを行い、惨敗覚悟のショック療法をあえて選び、土壇場での覚醒と再生に賭けたのではないか。してみれば、土壇場での戦術変更、それに伴う様々な批判は、あらかじめ想定されたものだったのではないか。なぜなら、それまでの42試合のマッチメイクを見れば、それも必然であるからだ。
ダーウインの言葉にこんな言葉がある。「強いものが生き残るのではない。変化したものだけが生き残れるのだ」。岡田監督の直前の豹変も、ワールドカップという修羅場の中に放り込まれた日本代表が、まさにサバイバルをするための、やむにやまれぬ手段だったのかもしれない。オランダ戦をピッチサイドで見ていた名波は「全員が腹をくくって守ろうとしているのが伝わってきた」と言っている。
しかし、皮肉なものである。腹をくくって守りに徹した結果、今、新しい日本代表が胎動しつつある。オランダに先取点を取られたその先に、新しい日本代表が胎動しつつある。その胎動は単なる偶然がもたらすものだろうか。これまでの積み上げとは関係のないものなのだろうか。それは岡田ジャパンのポテンシャルだ。そしてこのポテンシャルは、ドイツでの敗北以降、オシムジャパンから岡田ジャパンの62試合で積み上げられ、屈辱の4連敗と、カメルーン戦の勝利、オランダ戦での惜敗を通じて、ようやく開花しつつあるものではないか。
そして、この岡田ジャパンのポテンシャル。何か今までのものとは違う。監督のリーダーシップとか、采配とかがもたらすものというよりも、むしろそれは選手たち自身が持つポテンシャルだ。日韓では、監督の強烈なリーダーシップのもと力を発揮した選手たちがいた。ドイツではチーム内の断裂から、本来の力を発揮することもなく潰えた選手たちがいた。そして今回の南アフリカ。これまでとは違う、選手たち自身が自前でつくりあげた、したたかで力強いポテンシャルを感じてならない。
選手たち個々が4年間で積み上げてきたもの、そして代表での62試合の経験。それらがチームの自信となり、団結となって開花しつつある。肩を組んで国歌を歌う姿。得点後ベンチに駆け寄る本田。「監督を男にしたい」と語るキャプテンの長谷部。こういう言葉、これまでのワールドカップで聞いたことがない。しかしこのような言葉が選手たちから出るチームは強い。かつてWBCのイチローが「王監督を男にしたい」、楽天の山崎が「野村監督を胴上げしたい」と言っていた。決戦に向けて一丸となったチームのリーダーが、かつて語った、そんな言葉を思い出した。
さあ、デンマーク戦である。この試合に勝てば決勝トーナメント進出である。それはオシムジャパンと岡田ジャパンの集大成となる69試合目の試合となる。そんな試合で開花する、選手たちのポテンシャル、チームとしてのポテンシャルを、未明のテレビの前でわくわくしながら見てみたい。勝っても負けても、この試合は何かを残してくれるものになりそうだ。そして、願わくば次の70試合目もぜひ見てみたい。
(橋本文成=文)
コメント(4)
- ななし2010年6月25日 1:35 PM
素晴らしい記事です。
- なかちゃん2010年6月25日 6:10 PM
岡田ジャパンはなぜ変貌し得たのか?なんとなくもやもやとしていた頭の中の整理できました。ダーウィンの進化論、「強いものが生き残るのではない。変化したものだけが生き残れるのだ」に説得力がありました。
- まきお2010年6月27日 5:34 AM
選手たち自身が作り上げた、したたかで力強いポテンシャル、と書かれていますが、もちろんそれもあると思うのですが、それ以前に選手たち自身が作り上げる前に、そういった「チームとして戦っていく」というメンタリティを地道に植えつけ続けた岡田監督の目に見えないところでの地味な作業を掘り起こしてほしいと思います。
選手のポテンシャルを引き出すのが監督の重要な仕事の一つだと思うのですが、チームスポーツであればあるほど、それが難しくなると思いますし、逆に、それがうまくいったときにはチームスポーツであるがゆえの1+1が3にも4にもなる、という状況が生まれるのだと思います。
目先の試合結果から(つまりは強豪国との4連敗から状況が変わった)というのは目に見えてわかることです。素人でもある意味簡単に行える総括です。
それよりも、岡田監督が「一見」迷走していたように見える期間に、(今につながる)アプローチをどのように選手たちにしていたのか、をもっと大々的に取り上げてほしいです。
話はちょっと変わるのですが、将棋の羽生さんは、自分が勝負どころと感じているところと、周りの人が勝負どころと感じているところが違うようだ、と「決断力」という本で書かれていますが、「監督」という現場を総責任者として預かる立場が感じる勝負どころと現場にいないわれわれが思っている勝負どころではは異なっているはずです。
あるいはチームが変わったターニングポイントがどこなのか、というのも監督とわれわれでは違うはずです。
その乖離を埋められる(あるいは、埋めようとする)仕事がスポーツライターとしても醍醐味だと思うのですが、どうでしょうか?
岡田監督は講演会で以下のように言っています。
最終予選に向かう前、夏(2008年8月20日)にウルグアイと札幌で試合をしました。夏の暑い時、Jリーグの連戦の最中で、札幌に2日前に集合して、パッと試合して解散するというものでした。全然ベストメンバーが呼べなくて、呼ばれた選手にしてみれば、ひょっとしたら「あーあ、呼ばれてしまった」という感じの試合だったんですね。
代表チームというのは難しくて、みんな自分のチームがあるので逃げ道があるわけです。代表でダメでも、自分のチームに帰ればいいよと。この試合は3対1で完敗しました。ところが選手は、「呼ばれましたから来ました」「試合出ろと言われましたから出ました」「こういうサッカーやれって言われたからやりました」「はい負けました。帰ります、さようなら」と淡々と帰っていったんです。
「負けるのは仕方がない。でも、このままだと何回やっても同じことの繰り返しだ。どうしたらいいんだろう」ということで考えたのが、明確な共通した目標を持つこと。そしてもう1つは、「このチームはこういうチームなんだ」という“フィロソフィー(哲学)”を作ること。実は僕はどこのチームの監督をやる時でも、フィロソフィーを作っていたのですが、日本代表だけは「たまに集まるチームだから、そんなのやってもしょうがない」と思って作っていなかったんです。そしてこの時、初めてフィロソフィーを作りました。(以上)
こんな話をしています。こうやって、徐々に、チームが一丸になるための準備をしていったようです。チームが連敗続きだと、チーム内の雰囲気も悪くなって当然だと思うのですが、そうならずに(少なくともそういった話は自分は聞いたことがありません)、かつ、選手たちがここまで「チーム一丸で・・・」と試合後に答えている。
これはどういうことなのか?ということを自分ならもっと詳しく知りたいと思いますね。
勝ってチームが一丸となるのは容易ですが、連敗続きでチームが瓦解しなかったというの
はもっとすごいと思うんですよ。
ど素人が好き勝手にコメントを書かせてもらいましたが、良くも悪くも金子さんの週刊文春(?)での記事で、「日本は断じて勝つべきではない」といった内容の記事を目にして、熱を注入されました。
自分はまったく正反対の意見で、「まだサッカー発展途上の日本だから勝利を積み重ねるほうが先だろう」と考えてましたね。
(たとえば試合内容がよく分からない子供が、サッカーの結果とそれを喜ぶ大人たちをみて「自分もサッカー選手になりたい」とか、「自分もW杯に出たい」とか思えればそれだけで十分勝つ意義があると思うし、内容が伴って負けることでも意味を見出せますが、内容が伴わなくても勝てば「次は内容も!」と思えるはずです。あるいは結果を出すことによって自信が生まれて、その自信が試合内容に好影響も及ぼすことだって多々あると思うわけです。)
とまあ、色々書いてきましたが、金子さんの文章に期待しているので思い切って書き込みました。
歯に衣着せて言わせてもらうと、ここ最近の文章がどちらかというと「段上から」といった印象を受けます。取材や事実の収集を積み重ねて、その結果、にじみ出てきてしまった感情や分析が文章となっている、という記事が自分は好きなんですね。
昔、フランスW杯前後の本を楽しく読ませて頂いており、自分のなかでも記事があると目にしてしまうライターが金子さんです。個人的には今後は上記のような記事を期待しています。
- まきお2010年6月27日 5:39 AM
あ~、すみません。金子さんではなかったですね。でも意図する内容は同じです。
失礼しました。
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