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貫け、岡田武史
ボールが高く蹴り上げられた瞬間、試合の終了を告げるホイッスルが吹かれる。
大きくクリアされたボールを受け止め、彼は右手で控え目ながらしっかりとガッツポーズを作った。
力強く握られた拳は、試合を裁いたアルゼンチンの審判に握手を求めるために、また大きく開かれる。
だがバルダシ主審との握手を終えた後も彼はボールを離さなかった。誰にも取られぬよう、ユニフォームの下に抱え込んだボールは勝利を収めた記念なのか、それとも義理の父である監督への父の日のプレゼントだろうか。
対戦国のベンチでは、試合中の強張った表情を崩さず、少しの間指揮官が立ち尽くす。
ピッチ上では仲間と勝利の喜びを分かち合いながら、ファン・ボメルがまだボールを離していなかった。
日本戦での勝利により決勝トーナメント進出は決定的になったものの、カメルーン対デンマークの結果如何で進出は3戦目に持ち越される状況である。ファン・ボメルがボールを持ち帰ろうとしたことを都合の良いように捉えれば、先制されてからの日本の攻めに脅威を感じて、逃げ切れたことからの喜びのためだろう。事実、日本でも先制されたあとの攻撃は好意的に報じられ、海外メディアも賞賛したところがあったというから、失点する恐怖を抱いていても不思議ではない。
しかし決勝点を決めたスナイデルも難しい相手だったとのコメントを残しているものの、苦戦を正当化しようとしているようにも取れる。どこまで日本の攻めがオランダを脅かしていたかは実際のところわからない。
ただ岡田監督や選手が先制されたあとに見せた、攻める気持ちは見ている者の心を打ち、海の向こうでもおそらく同じような印象を受けたであろうから、拍手を持って報じたのだろう。もちろん普通に考えれば大量点を食らう可能性を残しながらも、攻撃に出る姿勢に違和感を持つほうがどうかしているとも言える。
ただ私見になるが0‐1になったとき岡田監督は得失点差を踏まえ、攻めることはないのではと考えていただけに、リスクを冒し前に出たときは驚いた。また同時に監督としての矜持を垣間見ることができた。加えて中村俊輔を投入したときには、監督の考えている理想のサッカーがまだ頭の片隅に残っているような気もした。
だから納得いかない。はっきり言えば1点差を守りきって欲しかった。
誤解されるかもしれないが、負けていても攻めに出ない退屈なサッカーを好んでいるわけではない。岡田監督が、またも方針転換をしたように見えたことに納得がいかないのである。
韓国戦での完敗後に、岡田監督はフォーメーションやスタメンから何から、守備的なものに大きく舵を切った。結果として就任してからのサッカーを放棄したカメルーン戦での戦いぶりは、勝たなければ何も残らない危険に満ちていたようだった。
しかし、日本は勝った。結果を求める方針転換は的中した。岡田監督は誰もが望みながら、臨めば誰にでも手に入れられるものでない、一番の難題である勝利を勝ち取った。
それでも勝ったから全て水に流されるようなことがあってはならない。進退伺いを犬飼会長が却下し監督を続投させている以上、就任してからのサッカーを貫き通すべきで、しないのであれば岡田監督を続けさせる意味は全くわからない。方針転換をした監督、したことを許可している会長は批判されてしかるべきである。今、監督を代えることはリスクが大きいと会長は東アジア選手権後語ったが、戦い方をまるっきり変更したのだから監督を代えたようなものである。そして岡田監督は理想を追い求めるサッカーを道半ばのままにし、結果だけを追い求めたのだから監督としての自身の限界を見せてしまったようだった。
ただ現在も指揮をとり、方針転換した岡田監督は勝った。勝利にだけ、結果にだけこだわり勝った。
当然オランダ戦も勝ちにこだわって攻めたのだから、問題ないようには見える。だが目の前の勝利ではなく、予選リーグ突破のためにこだわって欲しかった。オランダ相手にでははなく、突破のための最小失点を守りきってもらいたかった。
選手はもちろん不満だろう。岡田監督にもプライドは当然あるだろう。南アフリカをはじめ、世界中のファンはおろか、日本のファンも受け入れないサッカーになるだろう。臆病者と罵られるかもしれない。しかしカメルーンとの初戦で勝てなければ、全世界から酷評されたかもしれないサッカーを見せてしまったのだから、リアリズムを追求しきって欲しかった。
だが幾つか訪れた決定機も川島永嗣の好セーブもあり、終わってみれば最小失点で切り抜けられた。おかげでデンマーク対カメルーンの結果を受け、最終戦で引き分け以上に持ち込めれば予選リーグ突破が決まる状況に持ち込んだ。
本番前、勝ち点3を取るべき相手と見なしていたであろう日本とは言え、本当に勝たなければならなくなったからにはデンマークは、攻めてくる。当然カウンターは狙える。
しかし戦術の関係もあるだろうが、カメルーン戦の後半にほとんどカウンターに持って行けなかったことを考えれば、過剰な期待はかけられない。加えて、理想だったサッカーの旗手とも言える中村俊を投入したオランダ戦の選手交代も、方針転換による守備の目途は立ったが点を取る手段まで手が回っていなかった可能性を示唆するものかもしれない。守るだけだったらイングランドとのテストマッチのように、最後には決壊するかもしれない。
ただ、ここまできたら貫き通してもらいたい。徹底的にリアリズムを追求してもらいたい。棄て切れてなかった理想は、完全に排除してほしい。
勝たなくてもいい。負けるくらいなら、露骨に0‐0を狙っても構わない。突破できれば何でもいい。
対戦相手の賞賛しているフリの完全なる上から目線なコメントはもう聞きたくない。見下されるくらいなら、ヤツらはサッカーをする気がなかったと言われたい。
長友佑都を筆頭に選手は試合を追うごとに自信を深めている。さらに深く、一試合でも多く試合をしてほしい。
監督や選手が立ち尽くす姿はもう見たくない。歓喜の抱擁を繰り返す姿を見たい。
おそらく岡田監督は、優勝でもしない限り仏頂面のままであろう。13年前のジョホールバルのように、得点者を走って迎えに行くこともないだろう。
ただ昔も今も、彼にはガッツポーズが似合っている。どんな形でもいいから、見せてくれ。
持っていて欲しい、臆病者と呼ばれる勇気を。
(小谷紘友=文)
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