[塾生]丹野洋一郎

ウイリアムズFW16・ルノー

 かつて、私は最強だった。
 私を手にした者が、チャンピオンの称号を手に入れていた。

 あなたに名前があるように、私にも名前がある。私は、ウイリアムズFW16・ルノーと呼ばれていた。F1マシンの名前である。
 F1マシンとは、ただ速く走るためだけのみに設計された自動車である。助手席などの余計な物はいっさいついていない。タイヤを覆うカバーはなく、むき出しになっている。
F1マシンは、重力、摩擦、空気など、あらゆる自然の原理も速さのためにとりいれてきた。
 消防車が、火事を消すためだけにデザインされているように、戦車が戦場で生き残るためだけにデザインされているように、F1マシンもまた、サーキットで速く走るためだけにデザインされているのである。
 もちろん私の他にも、F1マシンが存在する。フェラーリ、マクラーレン、などの名前は聞いたことがあるはずだ。かつては、トヨタやホンダなどの日本自動車メーカーも、F1マシンを開発していた。
 私たちの中で誰が一番速いのか、それを決めるために、私たちが、集まり競い合う場所、それがF1グランプリである。
 金もある。名誉ともある。欲望もある。速さという魔物に見せられた者たちが、多くのものを掴み捕り、そして多くものを失ってきた。
 私の運転席に座ることを、多くの本当に多く者が熱望してきた。ある者は、飛び抜けた才能を武器に、またある者は多額の金を武器にして、私のシートを狙った。

 今からさかのぼること16年前、私は誰もが認める最強のマシンだった。
 誰もが私のシートを欲しがった。
 私のシートを勝ち取ったドライバーたちは、ワールドチャンピオンという称号を次々と手にした。F1グランプリに勝つために、一番確実な方法は、私のシートを獲得することだった。なぜなら、私に勝るF1マシンは、当時存在しなかったからである。
モータースポーツが、人間の能力を私たちに委ねる以上、最も速いマシンを手に入れた者が、より多くのチャンピオンになる可能性を持つことができるのは間違いない。
いくら足が速くても、速い靴を履くことができない者は、一等賞を取ることができないのである。
ナイジェル・マンセルは、私を得て、初のワールドチャンピオンになった。
既に3度のワールドチャンピオンを経験していたアラン・プロストは、4度目の栄光を手に入れた。

私のシートを熱望しているドライバーがいた。誰もが速さを認める天才ドライバーだった。
そのドライバーは、やっと私のシートを手に入れることができた。やっと彼にもチャンピオンマシンに乗る順番が回ってきたのである。
1994年のことだった。
 しかし、私は彼をワールドチャンピオンにすることができなかった。なぜなら、私のハンドルを3回しか握ることができなかったからである。
 そのドライバーの名前は、アイルトン・セナ・ダ・シルバという。
 私は、セナの棺桶になってしまった。

 始まりは、順調だった。
 94の開幕戦は、セナの生まれ故郷ブラジルだった。セナは私を見事に操り、予選でトップタイムをたたき出し、自身63回目のポールポジションを獲得した。
 だが、開幕戦で優勝したのはミハエル・シューマッハとベネトンB194フォードZRであった。私とセナは、敗れたのだ。
 続く第2戦も、結果は同じだった。
 予選を制したのは、私とセナであり、決勝を制したのは、シューマッハとベネトンB194フォードZRである。
 私は、最強のF1マシンのはずだった。
 だが、結果はついてこない。
 なぜなのか。
 理由は簡単だった。
 私は最強ではなかったのだ。
 遅かったのである。
 私より速いマシンが存在していた。
 そのマシンは、ベネトンB194フォードZRだった。シートに座るのは、ドイツ人のミハエル・シューマッハである。
 シューマッハは、この年初めてのワールドチャンピオンを手にすることになる。翌年もチャンピオンになったシューマッハは、深紅のマシン、フェラーリを操って、F1史上最強のドライバーになることになる。だが、この時点では、まだ、優秀なドライバーの一人にすぎなかった。
 セナは、F1の頂に駆けのぼっていくシューマッハの成長を見ることなくサーキットから姿を消すことになる。

 そして、私とセナは、運命のサンマリノグランプリを迎えてしまう。
イモラサーキットの最初の犠牲者は、ルーベンス・バルチェロだった。バリチェロは、予選の走行中、大クラッシュを起こし、病院に担ぎ込まれる。
F1グランプリでの死亡事故は、82年からこの年の94年まで、一度も起きていなかった。
12という月日が、速さのすぐ真裏に潜む危険の存在を忘れさせた。
バリチェロは、サーキットに戻って来た。
関係者も、観客も、同郷のセナも彼の帰還を喜んだ。F1というモータースポーツの、根拠なき安全神話が、かろうじてまだ生き残っていた。

 あくる日、安全神話は崩れ去る。
ロランド・ラッツェンバーガーというオーストラリア人が、予選のアタック中にマシンをコントロールできず、サーキットのコンクリート・ウォールに激突して死亡したのだ。

バリチェロとラッツェンバーガー、サーキットには2回も二回も警告音が鳴り響いていたのである。だが、誰もF1グランプリを止めることはできなかった。
そして、最後の犠牲者を出してしまうことになる。

 サンマリノグランプリは、決勝も荒れた。
 私とセナは、ポールポジションでスタートの合図を待っていた。すぐ後ろにはシューマッハがいる。
 シグナルが赤から青に変わると同時に、すべてのエンジンに火が入る。
 アクセルを全開にした瞬間、すぐ後方で事故が起きてしまった。スタートに失敗したマシンに後続のマシンが激しく突っ込んでしまったのである。パーツが飛び散り、観客席を襲った。
 レースは一時中断となった。
 警告はもう3度目である。
 ここで終わっていれば―――。
 このまま、中断していたならば―――。

 だが、レースは、再開してしまった。
 6週目から再スタートとなり、トップは私とセナであり、後ろからベネトンB194フォードZRに乗ったシューマッハが猛追してくる。
 そして、レースは7週目に突入する。
 以前、私たちはシューマッハの前を走っていた。
『タンブレロ』。
イモラサーキットの高速コーナーの名前である。
ここで、私はクラッシュした。
コースアウトアウトした私とセナは、なすすべもなくコンクリートウォールに激突した。
私は、大破した。
セナは、コクピットで一瞬だけかすかに動いたが、その後ピクリとも動かなかった。サーキットに降り立ったヘリコプターで直接病院に運ばれた。
それからおよそ、20分後に4度目の警告も無視してレースは再開されることになる。
優勝したのは、シューマッハだった。コースアウトしていくセナと私を一番近くで目撃していた男が、荒れたサンマリノグランプリを制した。
シューマッハ時代の始まりを告げる勝利だった。そして、セナの終わりの告げる勝利でもあった。

 10年現在、私に乗っているのは、ルーベンス・バリチェロである。5月には38回目の誕生日を迎えるが、鉄人と呼ばれながら、しぶとくサーキットを疾走している。
 シューマッハは、F1の記録という記録を次々と塗り替えた後、06年に一度引退するが、もう一度レーシングスーツを身に纏い、レース活動を再開した。

 あの事故から16年が経つ。
 もしセナが今の私見たら、そっぽを向くだろう。だって、チャンピオンを狙えるマシンに仕上がっていない、と断言できるからである。

(丹野洋一郎=文)

[塾生]丹野洋一郎, 投稿記事



コメント(1)

居町敬祐2010年12月8日 1:03 PM 

 とても興味深いタイトルに加え、内容もおもしろかったです。私は21歳になる大学3回生の者でして、F1は3歳のころから(だったと母が記憶しているそうで)見続けています。ですが、F1に関しての最初の記憶はやはりイモラの悪夢で、当時5歳の私は、「モナコからセナは一生いないんだ」という程度のことしか考えられませんでした。中学校のころから、セナ=大事な人が亡くなったんだと思えるようになりました。

 個人的な要望ではありますが、ほかの名車についても執筆していただけないでしょうか?なかなかF1について、語っていらっしゃる人は少ないので、もっとこのような記事を読んでみたいです。

コメントを投稿


書籍紹介

負けない自分になるための32のリーダーの習慣
澤 穂希 /幻冬舎
目標は「言葉」にすれば、必ず実現する。ブレずに強い心で戦い続けるための習慣。成功を引き寄せる、「有言実行」のメンタル術。

僕は自分が見たことしか信じない
内田 篤人/幻冬舎
彼はその端正な外見だけではない。男らしい一面をもっている。誰よりも優しい心を持っている。そして、だれよりもサッカーに対して真摯だ。

不器用なもんで。
金子 達仁 /扶桑社
『渡り鳥シリーズ』、『仁義なき戦い』など映画に出演し、『昔の名前で出ています』、『熱き心に』といった数々のヒット曲を生んできた小林旭。金子達仁が鮮やかに描き出す一冊。

サッカーの見方は1日で変えられる
木崎 伸也/東洋経済新報社
ボールを追うのは3流、フォーメーションを論じるのは2流。 では、「本当のプロ」はどこを見ているのか?今日からできる「プロの観戦術」を初公開!

バルセロナが最強なのは必然である グアルディオラが受け継いだ戦術フィロソフィー
オスカル・P・カノ・モレノ /カンゼン
 “美学”と“効率”が両立されている バルセロナのサッカーの本質に迫る一冊

心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣
心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣
長谷部誠/幻冬舎
『心は鍛えるものではなく、整えるものだ。いかなる時も安定した心を備えることが、 常に力と結果を出せる秘訣だ。自分自身に打ち勝てない人間が、ピッチで勝てるわけがない。』

タイアップ

オーダーメイドシリコンリストバンド BANDIA
スポーツビジネスオンライン
soccerking