[塾生]丹野洋一郎

  • 2010年4月8日

[全国高等学校柔道選手権大会]4連覇に向けて

ガソリンはとっくに底をつき、タンクの中は空っぽだった。
大将の王子谷に残されたエネルギーは、気力のみであった。
4連覇に向けて、王子谷は空タンクのまま戦い続けた。

将心。
勇武。
力必道。
阿蘇魂。
柔魂。
これらはスタンドに掲げられていた横断幕の文字である。
この日、武道館で32回目を数える全国高等学校柔道選手権大会が開催された。
古賀稔彦、吉田秀彦、井上康生、鈴木桂治、石井彗などのオリンピック選手が、大会の歴史に名前を刻んでいる。

決勝は、大方の予想通り、東海大付属相模高校と国士館高校の顔合わせとなった。東海大付属相模高校は、過去3大会の優勝チームであり、国士館高校は、同じく過去3年間の準優勝チームである。今年の決勝は、4連覇に挑む王者のプライドと、3年連続準優勝という汚名を返上する戦いなのである。

東海大付属相模大将の王子谷は、追いつめられていた。
4連覇するためには、国士館の中堅、副将、大将を3人抜きで勝たなければならない状況になっていた。
国士館は、決勝の先鋒に無差別級の遠藤翼を起用してきた。その作戦は大当たりし、東海大付属相模は、遠藤を止めるために3人を費やさなければならなかった。東海大付属相模の先鋒、次鋒、中堅は国士館の遠藤一人に消されてしまったのである。続く試合は引き分けとなり、東海大付属相模は大将の王子谷一人の残すのみとなってしまった。
相手の国士館は3人も残している。しかもその中には、前日の無差別級個人戦優勝者である浅沼もいる。
王子谷が3人抜きする可能性は、限りなく0に近かった。4連覇の可能性は、深い深い海の底へ消えてしまった。

「よいしょ!!」
王子谷がかつがれる度に、スタンドの国士館応援団から掛け声がかかる。だが、審判の手は動かない。
王子谷は、国士館の中堅を退け、副将と戦っていた。
国士館の副将は浅沼である。技を掛けられないように、投げられないようにと守り腰の試合をする選手が多い中、浅沼だけは違った。相手を技をかけることによるリスクを覚悟している戦い方を実践していた。
浅沼の技は、この日もキレていた。試合序盤から、20キロ以上体重差がある124キロの王子谷を圧倒する。
中盤、浅沼が絶妙なタイミングで王子谷の懐に飛び込み、投げ技を決める。
国士館の応援団は日本一を確信して、湧き上がる。
だが、「待て!」がかかっていた。
浅沼の飛び込みの一瞬前に、審判の「待て!」がかっていたのだ。この日一番の美しさを見せた投げ技は、幻になってしまった。

審判運は王子谷にあった。

ラスト30秒、飛び込んできた浅沼の足技をいなして、王子谷は寝技に持ち込む。最後の最後で王子谷は、浅沼を突破した。

東海大付属相模の4連覇の可能性が、再浮上してきた。
だが、王子谷は2試合で約8分間戦い続けている。帯と柔道着ははだけ、足取りは重い。
王子谷は、地獄の4分間に突入していった。

国士館の大将、田中は最初からギアをトップに入れてきた。3速、4速、5速、どんどんシフトアップしていく。
対する王子谷は、サイドブレーキを引いたような動きしかできない。

結果は、明らかだった。
3試合目の王子谷に、攻撃する力は残っていなかった。
王子谷は、負けた。だが、決して一本負けを辞さず、最後まで4分間戦いきった。

国士館は、3年分の雪辱を晴らし、新しい歴史を作った。
スタンドの国士館応援団が、選手たちを讃える。

武道館の畳の上で、仰向けになりながら王子谷はじっと動かなかった。天井に掲げられている巨大な日の丸をじっと見つめているようだった。
4連覇が途絶えた瞬間だった。

(丹野洋一郎=文)

[塾生]丹野洋一郎, 投稿記事

タグ:



コメントなし

コメントを投稿


書籍紹介

負けない自分になるための32のリーダーの習慣
澤 穂希 /幻冬舎
目標は「言葉」にすれば、必ず実現する。ブレずに強い心で戦い続けるための習慣。成功を引き寄せる、「有言実行」のメンタル術。

僕は自分が見たことしか信じない
内田 篤人/幻冬舎
彼はその端正な外見だけではない。男らしい一面をもっている。誰よりも優しい心を持っている。そして、だれよりもサッカーに対して真摯だ。

不器用なもんで。
金子 達仁 /扶桑社
『渡り鳥シリーズ』、『仁義なき戦い』など映画に出演し、『昔の名前で出ています』、『熱き心に』といった数々のヒット曲を生んできた小林旭。金子達仁が鮮やかに描き出す一冊。

サッカーの見方は1日で変えられる
木崎 伸也/東洋経済新報社
ボールを追うのは3流、フォーメーションを論じるのは2流。 では、「本当のプロ」はどこを見ているのか?今日からできる「プロの観戦術」を初公開!

バルセロナが最強なのは必然である グアルディオラが受け継いだ戦術フィロソフィー
オスカル・P・カノ・モレノ /カンゼン
 “美学”と“効率”が両立されている バルセロナのサッカーの本質に迫る一冊

心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣
心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣
長谷部誠/幻冬舎
『心は鍛えるものではなく、整えるものだ。いかなる時も安定した心を備えることが、 常に力と結果を出せる秘訣だ。自分自身に打ち勝てない人間が、ピッチで勝てるわけがない。』

タイアップ

オーダーメイドシリコンリストバンド BANDIA
スポーツビジネスオンライン
soccerking